鹿島美術研究 年報第34号別冊(2017)
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り、(b)受胎告知、(c)旧約聖書と関連するもの、(d)動物、(e)幼子イエスの5つのグループに分けて分析を行った。核をなす主題である一角獣狩り(グループa)は、狩人ガブリエルが猟犬を連れ、角笛を吹いて一角獣を聖母マリアの元に追いたてるものである。ガブリエルが率いる猟犬は、その数によって象徴するものが異なるという(注13)。聖母マリアは閉ざされた庭園の中で謙譲の聖母として地面に直接坐って一角獣の頭や首に触れており、この動物の特徴である角をつかんでいることもある。一角獣は動物譚で語られるような獰猛さは片鱗もみせず、穏やかに跪いて聖母の膝に頭を乗せている。受胎告知図像としての特色(グループb)は、前述したように大天使ガブリエルが狩人、聖母マリアが一角獣を捕らえる処女に置きかえられていることであろう。いってみれば「神秘の一角獣狩り」は受胎告知図に一角獣と猟犬を加えたようなもので、父なる神から聖母に向かって光線が発せられていたり、伝統的に聖霊を示す鳩などが描きこまれることも多い。旧約聖書に関連するモチーフ(グループc)は、雅歌を典拠とする、マリアの純潔を示すものが数多く描かれている。聖母が坐す閉ざされた庭園(4:12)は、受胎告知だけでなく聖母子像でもよくみられる。封印された泉(4:12)は、特徴的な六角形の噴水の形をしていることが多く、蓋や錠前で封印を表現することによって聖母の処女性を強調している。庭園の周りを囲む壁には塔が付随し、「千の盾を持つ」ダヴィデの塔(4:4)には紋章が掲げられている。象牙の塔(7:4)や曙の太陽(6:10)なども雅歌と関連するモチーフである。雅歌以外にも旧約聖書にちなんだモチーフがみられる。マリアの純潔を示す閉ざされた門(エゼキエル書44:2)(注14)、モーセと燃える柴(出エジプト記3:1-10)、ギデオンの毛皮(士師記6:36-40)、アロンの杖(民数記17:1:11)が、「神秘の一角獣狩り」で頻出する主題であり、ヤコブの星(民数記24:17)が「曙の太陽」と対置して描かれることもある。マナを入れる黄金の器(出エジプト記16:33)、聖櫃なども旧約聖書を典拠とする。このようなモチーフの組み合わせは、ウェストファリアの画家の手による《閉ざされた庭園の聖母子》〔図4〕のような作例が「神秘の一角獣狩り」以前に存在する(注15)。垣根で囲まれた庭園に坐る聖母子を描いたものだが、中空にはアロンの杖、エゼキエルの門、聖櫃が浮かび、垣根の外には燃える柴から神がその姿を現している。聖母の足下にはギデオンの毛皮があり、封印された泉から水が流れ出ている。「モーセと燃える柴」や「ギデオンの毛皮」、「アロンの杖」、「エゼキエルの門」は、『貧者の聖書(Biblia Pauperum)』や『人間の救済の鏡(Speculum Humanae Salvationis)』で― 89 ―― 89 ―

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