くぐると、鑑賞者に中を覗かせるような視点で、仇英の美人画の典型である細身で楕円形の顔を特徴とする女性たちが、華麗な宮殿内で、楽器の演奏や囲碁、読書、散策等に優雅に興じている。さらに、巻末には王昭君とその肖像画を描いた絵師の毛延寿にまつわる漢代のエピソードを連想させるように、1人の絵師が皇后の肖像を描く様子が表されている(注12)。台北1605本の①の場面を仇英本と照らし合わせて比較すると、宮廷建築の配置や女性人物の描写特徴は画家の画風や画面の法量によって異なるものの、女性だけという空間設定そのものが共通している。また、そこにいる女性たちの遊興の内容や仕草の近似も指摘できよう。細かく見ていくと、台北1605本に描かれた地面に座って草あわせの遊びをする女性、囲碁を打つ女性、両手を上げて踊る女性、宮苑内を歩く女性、門から体を覗かせる女性、団扇型の儀仗を持つ男性は、仇英本ほど細緻に人物の顔、仕草、服装などを表してはいないが、人々の所作の内容やポーズは共通している。しかし、①の場面に描かれる、楼閣に座る皇后が踊る女性を観賞する場面と、拱橋を通る鳳凰舟という2つのモチーフは仇英本に見られない。皇后と踊る女性については、仇英本では複数の場面で表され、台北1605本の①のような1つの場面として描かれていない。先述したように、仇英が「漢宮春暁図」を描いた後に、模写が繰り返された過程で多様な漢宮春暁図が作り出された。そのため、台北1605本の①に見られる漢宮春暁図のモチーフは仇英本そのものから取り入れたというより、後に作られた1本、もしくは複数の漢宮春暁図による視覚経験を生かした結果と考えてよかろう。それを裏付けるように、後に漢宮春暁図を下絵に仕立てられた款彩屏風には、仇英本に見られないものの、台北1605本の①の場面中と同様のモチーフを見出すことができる。例えば、山西省博物館所蔵の制作時期が明晩期とされる款彩「漢宮春暁」屏風を確認していこう。屏風〔図3〕は高さが146.5cm、幅が350cm、厚さが1.3cmの12扇からなるもので、周りが瑞獣、博古、宝ものなどの模様で縁取られている。両側の2扇に縁が付いており、「漢宮春暁」は第2扇から第11扇に描かれている。仇英本「漢宮春暁図」と比べると、山西省博物館所蔵の屏風は、やや俯瞰する視点で宮廷を捉え、宮室の楼閣を鑑賞者に中を覗かせる形で描くのではなく、全体が見えるように配置するという特徴が見られる。また女性たちの活動を見ていくと、仇英本「漢宮春暁図」にない蹴鞠や、騎馬を楽しむ姿も描き込まれていることがわかった。台北1605本の①の場面と山西省博物館所蔵の屏風を並べて見比べると、女性の活動― 91 ―― 91 ―
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