広大な皇居を想像させる。青緑の山々と松の樹木に囲まれている宮室や、中にいる女性が外を眺める様子は台北1605本の②の場面に共通している。「上林羽猟図」に用いられた青緑山水と楼閣の組み合わせは、仙山楼閣の主題として神仙的イメージと結び付いて、古来より描き継がれてきた。古くは北宋後期の王詵による「煙江畳嶂図巻」（上海博物館）や、南宋の趙伯驌の伝称を持つ「万松金闕図巻」（北京故宮博物院）に遡ることができ、また明代においては、仇英の「仙山楼閣図」（台北故宮博物院）もその伝統を受け継いで描かれた作品である（注14）。その主題が絵画市場において人気だったため、蘇州片としても作られるようになった。だが、蘇州片に描かれた楼閣は文人が憧れる隠世地から、女性が遊楽に興じる宮殿に変わった。その変化は大きく、注目に値しよう。台北故宮博物院に所蔵されている伝仇英の「画連昌宮詞」、「画長信宮詞」（台北故宮博物院、〔図8〕）はそれを示す好例だと考えられる。両作品は仇英の「仙山楼閣図」を模倣して作られた蘇州片であるが（注15）、画中の楼閣は仇英の「仙山楼閣図」とは異なり、文人の理想とする住まいではなく、女性が遊楽する宮殿として表されている。「上林羽猟図」、台北1605本の②の場面は、共に仙山楼閣の図像的伝統を利用して、宮苑と仙境のイメージを結び付けた。台北1605本の②の場面には、仙境を彷彿とさせるように、宮室の上を棚引く白雲や、女性の視線の先に飛ぶ鶴、山間の松の樹木などが描かれている。以上より、台北1605本の②は「上林羽猟図」の第三段に描かれた上林苑の場面と共通しており、ともに仙境として描かれていることが指摘できる。おわりに本稿は、台北1605本に描かれた宮室の場面を取り上げ、王振鵬の「龍池競渡図」、屏風形式の漢宮春暁図、「上林羽猟図」との比較を通じて、これらの諸作品からモチーフや図像を取り込んだ可能性を提示した。また、共有される多くのモチーフや図像が混ざり合う形で、3つの宮室のイメージが形成されていることをも指摘した。さらに、比較対象とした3作品がどのような目的で作られたのかを検討すると、ある共通点が浮かび上がる。まず、現存する画巻に残された跋文や文献によると、最初王振鵬が「龍舟競渡」図を作ったのは当時まだ太子であった仁宗の誕生日のためだった（注16）。また、仇英本「漢宮春暁図」の制作目的は依然明らかになっていないが（注17）、明末から清初にかけて、漢宮春暁の款彩屏風は、長寿祝いの贈り物として流行していた。そのことは、屏風の背面に刻まれた「労績序」や、枠に縁取られている寿、宝ものなどの吉祥図像から明らかにされている（注18）。さらに、「上林羽猟図」― 93 ―― 93 ―
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