鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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注⑴蘇州片の定義は未だ曖昧であり厳密な規定はなされていない。近年にいたるまで、蘇州片は「殆どが有名の作品を倣って作られた絵画」であり、また作品そのものは「呉門派の画風に大いに影響を受け、千編一律で筆法が虚弱無力で、図像が明らかに類似する」(楊丹霞「古書画作偽的地区性(上)」『芸術市場』2005年第2期)として、低く評価されてきた。しかし、そのような見方は大きく見直され始めている。2015年に大和文華館で開催された「蘇州の見る夢」の特別展や、現在台北故宮博物院で開催中(2018年4月1日~9月25日)の「偽好物 16~18世紀蘇州片及其影響」の特別展は、従来のような単なる贋作としての扱いを改め、積極的に同時代の絵画創作の事例として取り上げる好例である。をはじめとする「上林図」の原本も、富豪の周鳳来が母親の誕生祝いのため、仇英に注文して制作させたものであった(注19)。すなわち、以上の3作品の画題にはいずれも、当時、長寿祝いもしくは誕生祝いの贈り物にふさわしい吉祥の意味が込められていたことが判明する。したがって、台北1605本の宮室場面もまた、同じ制作目的、もしくは需要のために、3作品からモチーフを取り込んで描かれたと推測できよう。本稿では宮室の描かれた「清明上河図」通行本のもう1つのタイプ、遼寧省博物館所蔵の「清明上河図」(遼寧本)については、紙幅の都合から考察を及ぼすことができなかった。遼寧本の宮室場面は台北1605本とは表現が大きく異なる。通行本中の優品である遼寧本の宮室場面の分析、および遼寧本の絵画史上の位置付けについては別稿を期したい。⑵劉淵臨「清明上河図之総合研究」(1969)、孫机「金明池的龍舟和水戯」(2005)(『清明上河図研究文献彙編』万巻出版社、2007年に収録)⑶『図絵宝鑑』巻五「元朝」、62頁(元至正刻本)⑷「宝津競渡図」(1310)、「龍池競渡図」(1323)、「龍舟図」(制作年代不明)、「金明奪錦図」(1323)(以上、台北故宮博物院に4本);「龍舟奪標図」(北京故宮博物院);「金明池龍舟図」(メトロポリタン美術館)。他に、米国・デトロイト美術館、オークションの図録にも類似する作品が確認できた。⑸佘城「元代界画家王振鵬絵画芸術的欣賞」『故宮文物月刊』第9巻第3期、1991年⑹陳韻如「記憶的図像:王振鵬龍舟図研究」『故宮学術季刊』第20巻第2期、2002年⑺下記の文献に書かれている記述から、「龍舟競渡」図が多様な形式を持って、書画に親しむ文人の間で好まれ享受されていたことがうかがえる。〈明〉張丑『清河書画舫』(清文淵閣四庫全書本) 韓氏金明池図一巻足称絶品。今在余家。(中略)別本向系官籍分宜権相故物、見之文休承厳氏書画記。其図精細古雅、不譲郭恕先筆。対客展観、令人目眩。〈明〉李詡『元明史料筆記叢刊 戒庵老人漫筆』(中華書局、2012年) 元黄振鵬一作震朋賜、号孤雲処士。繡端陽競渡図像如白描。甚精妙大德九年作在蘇州張家。〈明〉呉寛『家藏集』(四部叢刊景明正德本)― 94 ―― 94 ―

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