鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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① ビザンティン詩篇写本挿絵におけるダヴィデの表象─Cod. Vat. gr. 1927のキリスト伝図像を中心に─研 究 者:埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 准教授  辻  絵理子ビザンティン美術史における詩篇写本挿絵研究は、1940年頃からモノクロ図版が出版され始めると共に、イコノクラスムとの関連などを探る個別の検討が進められた(注1)。当初、多くの研究で収録された図版が挿絵部分のみを切り取ったものであったこともあり、どの詩篇に何の図像が描かれているかは明らかにされたものの、各国図書館が高解像度の図版をオンラインで一般公開しつつある現在においても、主題選択とその理由、及び本文と挿絵の関係を巡る研究は、端緒についたばかりと言える。旧約聖書の「詩篇」を本文とする写本に挿絵を描く時、ビザンティン世界では大きく分けて二つの形式を採ったとされる。全頁大の豪華な挿絵を持つ貴族詩篇と、本文を綴じ側に寄せてL字・逆L字型の余白を設け、そこに挿絵を施す余白詩篇である(注2)。余白詩篇はその性質上、本文と挿絵が物理的にも意味的にも非常に近く結びついており(注3)、単純に本文を言葉通りに絵画化したのではない、重層的な機能を持つ箇所を多く確認出来る(注4)。名称と特徴から、貴族詩篇は豪華で、余白詩篇はそうではないような印象を受けるが、数百の挿絵を有する写本に費用がかからないわけがなく、現存する余白詩篇も各所蔵図書館において最重要指定を受けている。また、余白詩篇には皇帝一家の肖像が含まれている例もあり(注5)、首都の修道院において制作された写本が、宮廷と全く関わりがないと立証することは不可能である。更に貴族詩篇にも余白詩篇にも分類出来ない作例が存在する。ヴァティカン図書館所蔵ギリシア語詩篇写本752番(以下752番)(注6)と、同ギリシア語詩篇写本1927番(以下1927番)(注7)である。両写本とも、いわゆるコラム・ピクチャーと呼ばれる挿絵形式を採用しており、本文の間にコラム幅の挿絵が挟まっている。巻頭や頌歌には全頁大の挿絵も描かれる。近しい関係を持つとされるこれら2写本は、これまでのアプローチとは異なったやり方で分析されるべき独自の構成を有している。特に752番は一般的な挿絵入り貴族詩篇や余白詩篇と異なり、欄外註としてエルサレムのイシキオスをはじめとする教父註解が書き込まれており、挿絵も欄外註のコラム・ピ― 1 ―― 1 ―Ⅰ.「美術に関する調査研究の助成」研究報告1.2017年度助成

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