鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
125/455

ン政府から依頼され1899年に完成したニュルンベルグの産業博物館の壁画《ヴァヴァリア礼賛》や近代ギリシアの国民的詩人ディオニシオス・ソロモスのエピグラムから着想を得た1898年の《プサラの栄光》、そして最後の寓意画となった『ライプツィッヒ画報』(1900年1月4日)のための《新世紀》などが知られている(注16)。最後に、これらの寓意画や象徴主義的作品の中から、最晩年の《新世紀》を分析することによって、ギジスがその画業においていかなる到達点に達したのかについて確認したい。《新世紀》は、オリジナルの油彩画が現在所在不明となっているものの、『ライプツィッヒ画報』の図版や、テサロニキ市立絵画館にある作品写真〔図13〕と油彩下絵、さらにはギリシアの企業コレクションとなっているドローイングに基づくことで分析可能な作品である。リラや杖、オイルランプやヴァイオリンなどを手にした女性擬人像が円形画面の下半分に立ち並んでいる。画面のちょうど中央に頭部が位置して先頭に立つのが「詩」の擬人像で、その向かって左に「哲学」と「宗教」が並び、向かって右には「音楽」と「絵画」が続いている。古代ギリシア美術以来の伝統的なイソケファロスによって頭の高さを揃えて描かれた女性擬人像は、来たる世紀への期待と不安が入り混じったような表情を見せながら、光を浴びて暗闇から一斉に前に歩みを進めている。円形画面の上部には「物質への精神の勝利」の観念を表す寓意が描かれている。円形画面の上部に「物質への精神の勝利」を配し、円形画面の下半分に「詩」を先頭にした女性擬人像を正面観でシンメトリーに並べることによって、静謐で安定した三角形の位階的な構図が創り出されている。円形の画面に配されたこれらの擬人像が全体として「新世紀」を寓意しているということができるだろう。おわりにこれまで見てきたように、ニコラオス・ギジスは、ミュンヘン美術アカデミーでの修業時代に聖書や神話に取材したいくつかの歴史画を描いてはいるものの、すぐにレアリスム的風俗画を盛んに制作するようになり、1880年代中頃までは風俗画家として邁進している。それ以降は、以前から散発的に取り組んでいた寓意画や、聖書や神話に取材する象徴主義的作品を中心的に制作している(注17)。このように、ギジスが1880年代中頃以降、寓意画や象徴主義的作品の制作に集中するようになったのは、世紀転換期に向かうヨーロッパ全体を包んでいた世紀末的な雰囲気と合致するような作品が求められたためであった。さらに、ミュンヘン留学以前のアテネ時代から季節の擬人像を描き、風俗画に注力していた時代でも散発的に寓意― 115 ―― 115 ―

元のページ  ../index.html#125

このブックを見る