鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
136/455

また、殿村氏の網嶋別邸で慶応元年(1865)に開かれた「十二月茶会」の様子を描いた大阪府立中之島図書館が所蔵する《抹茶草子》なる絵巻がある。巻末にある「芳豊」の落款から、大坂で活躍した浮世絵師、含粋亭芳豊(?~1866)の制作と考えられる。ここに登場する主人が茂済かについては不明だが、広大な邸宅に多くの客人を招いて茶の湯を楽しむ姿は、往時の殿村家の豪勢な暮らしぶりと風流を好んだ様子を伝えている。次に『平安名陶伝』に所載される茂済宛の書翰のうち一通を取り上げ、木米と茂済の関係について具体的な考察を試みる。なお、この一通は個人蔵《木米尺牘》にも収録されている〔図1〕。貴翰辱拝読仕候 如仰日々寒気難耐候 昨日も御光来被下 何有次第ニ候乍併 何之無風情御事ニ候 其上御厚意之 御贈物辱奉万謝候 扨又掛物之事御賞味被下 何之無子細物ニ而 愧入申候扨又 売茶翁手製之楽茶碗御見せ被下 至而見事歓楽仕候 極宗入作與相見江申候程上出来也 又代料其価如何程 與申事不知茶碗 至而実成物ニ相見江申候 扨又浪華津の御詠歌頗妙二而 幽意絶賞仕候扨又盡七日及候ニ付 今日晩船御下坂可被遊與奉存候 寒気之時節 御平安御帰郷奉願候 扨又御買取被下候品々御使に御渡申上候 御落手奉願候 猶其内拝紫眉御清談承奉万謝候頓首 十一月十四日(裏に)殿村先生几下 木米天保3年11月14日付のこの書翰には、前日13日に茂済が木米の元へ贈り物を携えて訪問し、そこで二人は木米所有の掛軸を見たほか、茂済が所有する売茶翁手製の楽茶碗を鑑賞したことが記される。先に引用した『浪華煎茶大人集』には「高翁持の茶瓶を伝て煎茶をよくす」とあり、茂済は売茶翁由来の茶器類を数点所蔵していたらしい。現在確認出来る殿村家の旧蔵品としては《大井戸茶碗 銘「対馬」》(湯木美術館蔵)(注17)が知られており、他にも多くの茶器や美術品を所蔵していたと推測される(注18)。他の日付の書翰でも、木米が茶器類を見せてもらう記述が散見される。木米の陶磁器作品には《古染付写桔梗形香合》(個人蔵)のように、中国陶磁を写したとみられるものが多く伝わっている。木米自身も陶磁器や絵画を所持していたであろうが、貴重な作例に易々と手を出せたとは考えにくい。殿村家のかつての所蔵品がどのようなものであったのかは現状明らかでないが、木米がそれらの品を度々目にしていたことは書翰の記述により間違いない。茂済、そして先代の米平の時代から、殿― 126 ―― 126 ―

元のページ  ../index.html#136

このブックを見る