鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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でも光の反射という視覚的効果を狙って、凹凸を残しながら厚く塗り表したとみるのは行き過ぎであろうか。一方、箔のように一様の薄さで表した好例がMOA美術館所蔵「色絵金銀菱重茶碗」〔図6〕である。入れ子になるようにつくられた筒茶碗の対の作例で、大きいほうの胴部に銀、小さいほうには金の菱模様が表され、ともに口縁や裾の蓮弁の輪郭は金でとる。手法は定かではないが、金銀ともにごく薄く、とくに菱の部分は箔を貼り付けたかのようである。一般に上絵付けの場合、厚塗りよりも薄く一様に施すほうが技術的に難しい。例えば、器形と文様表現に初期的な要素がみてとれる福岡市美術館所蔵「吉野山図茶壺」〔図7〕では、山裾に暈しの表現を取り入れながらも、上絵具の赤、青、緑全てムラが生じている。金彩も刷毛目を残した力強さが全体のリズムを生み出していると評価されるが、やはり濃淡の表現は難しかったものとみえる。また、山々を分節して空間性を高めるための雲の表現も控えめで、薄さのためか剥落が進んでおり、効果的ではない。この点において、「吉野山図」と同じく山々を重ねた構図の根津美術館所蔵「山寺図茶壺」(重文)では、小型化した器面にモチーフを細やかに配して、青や緑の濃みを少なくし、その代わり複数の色を重ねたり、点描を併用している。金銀も同様に点描を重ねるようにして雲や霞を表し、上絵具の性質をより効果的に利用したようにみえる。また、接着剤や焼付けの有無、伝来の状況にも因るが、白釉や上絵具をたっぷり施した茶壺や茶碗に、箔のように薄く表した金銀の剥落が進行している例(注6)が多くみられる〔図8〕。それに対し、「金銀菱重茶碗」の胎は精製された白っぽい土を用いており、白釉(透明釉)は素地の気泡や夾雑物が表面に見えるほど薄くしか掛かっていない。この素地は、一様に薄く平面的な賦彩表現をみせる出光美術館所蔵「鳳凰図有蓋壺」〔図9〕とも似る。このように素地の釉を薄く失透気味にすることが、箔の表現を完成させるための一つの手段であったとみることができる。いずれにしても、金銀の厚薄という点において「月梅図茶壺」と「金銀菱重茶碗」は対極にあるが、その表現はともに仁清色絵の最終段階ともいうべき完成度の高いものである。金銀を多用した背景には、伝統的な「日月」「陰陽」の対比があったであろう。そのうえで仁清は、さらにモチーフごとに金銀の厚薄を意識して使い分けている。これは前掲の中国陶磁の展開にはみられなかったことである。― 158 ―― 158 ―

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