像面で近似が見られる『シャルル・ル・ノーブルの時禱書』を手掛けたジョヴァンニ・ディ・フラ・シルヴェストロ(ブリュッセルの頭文字の画家)(注28)の作風に対比することにより理解される〔図9〕。ボローニャからパリに来たこの画家の作品においては厚みのある布地が常に身体の形や動きに沿い、多くの場合、裾は翻るのではなく足先までをも包み込む。身体を横切る線は最小限に留められ、一続きの色面が大きくとられるため、衣に覆われた身体全体の量塊性が強調され、モニュメンタルな人物像が実現された。これに対しケルン写本の衣の襞には身体の動きや形に連動しない自律的な動きが与えられ、まるでそれ自体が独立した生命体であるかのように巻き上がり、管をなし、増殖してゆくかのような様子を見せる。ケルン写本の画家は、身体を襞で暗示するのではなく、むしろそれを覆い隠した。襞一つ一つをなす線や色がもたらす装飾的な効果にこそ関心を向けたためである。この傾向は、自由な動きによりその効果を高めた裾の輪郭を画家が白でなぞり強調している点にも見てとれる〔図10〕。サン・ボネ壁画でも、たっぷりとした布地にできた襞はそれが包み込む身体を象るというよりも覆い、動作に沿わない律動が与えられており、ケルン写本に共通する画家の関心を示す。例えば福音書記者ヨハネの足元に落ちる衣の裾が巻き上がる様子は〔図11〕ケルン写本の聖母の衣の裾と似た動きを示す〔図10〕。波打ちながら丸い管を作り裏地を見せるサン・ボネ壁画の福音書記者マタイの裾は〔図12右〕、ケルン写本の「ご訪問」に描かれたエリサベトの裾の巻き返しと同じリズムを刻む〔図12左〕。サン・ボネ壁画の「嘆きの天使」に見る宙をはためく衣の裾は〔図13右〕、ケルン写本の「聖母戴冠」のキリストの衣に通じ〔図13左〕、足先を見せながら複雑な曲線を描く襞を表した。ジョヴァンニ・ディ・フラ・シルヴェストロが描く、足先まで包み込む裾の表現〔図9〕とは異なり、キリストのマントは膝の上にたくし上げられ、サン・ボネ壁画の天使同様、裏地を見せながら筒状の襞を揺らめかせている。襞の形に可能な限りのヴァリアントを与えようとする画家の意思に加え、手の癖というレヴェルにおいても両者が極めて近いことが分かる。襞を構成する線と色面の扱いにも、類似した傾向が見出された。ケルン写本の「ご訪問」で聖母の背中を象る輪郭として与えられた黒の線は〔図14左〕細やかに太さを変化させて、襞が衣の上に落とす陰影をも表現する。また前身ごろでは白の輪郭線が細く引かれ、前方からの光により生じる布表面の照り返しを描写した。サン・ボネ壁画の福音書記者ルカの頭巾も〔図14右〕、太くぼかされた黒の線が後頭部に陰影をなし、布の端に引かれた白の輪郭線が光の反射を表す。すなわち両作品において、黒と― 168 ―― 168 ―
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