鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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白という明度において両極にある色彩が固有色に加えられ、その間のグラデーションにより形が表されている(注29)。この手法により異なる媒体の上にも極めて近い細部表現が実現した。ケルン写本の「ご訪問」の聖母の衣の裾は〔図15左〕、布地に出来た窪みの陰影が筆の痕を残した太い曲線で表され、それに隣り合う白のハイライトにより襞の膨らみが表現される。同様に白と黒を用いるサン・ボネ壁画のヨセフの衣の細部と比較すると〔図15右〕、黒を付す筆の運びと白の割合まで類似することが分る。エリザベトの曲げた肘にできた襞は〔図16左〕、サン・ボネ壁画の天使のそれに重ねられるが〔図16右〕、この場合には白と黒の塗りによるコントラストの具合に加え、襞の曲線が描く角度が一致するために、ほとんど同一の印象が作り上げられた。4.おわりにケルン写本とサン・ボネ壁画では、共通して対象の固有色に白と黒の塗りと輪郭線が加えられることで陰影と光の反射面が表され、衣の襞の形態が示された。筆の痕を残すような大胆な白のハイライトは頭部にも見られ、額や唇、鼻筋や瞼などの凸部を強調した人物の特徴的な相貌は、両作品が同一人物により制作されたことを示している。こうした白の用法は、アヴィニョンに出自をもつと推測される画家の南方的な性質に帰せられる可能性がある。ジョヴァンニ・ディ・フラ・シルヴェストロによる『シャルル・ル・ノーブルの時禱書』の一葉では〔図9〕前身ごろの襞の凸部は白のハイライトにより強調されるが、頭部においても額や鼻筋、顎の盛り上がりが、繊細なぼかしを入れながら白で強調されている。陰影を表す黒もしくはそれに近い濃い色彩との間に生じる明度のコントラストは、身体に沿い、足先までをも包み込む衣の襞のボリュームを強調し、身体全体の量塊性を作る重要な要素をなした。立体感を強調する白のハイライトは、対象物を特定の空間内に位置する個別の塊として捉え、画面の下枠に向かって垂直に落とされる重みを強調するイタリア絵画全般の志向性に沿う(注30)。ジョヴァンニ・ディ・フラ・シルヴェストロの作品や、アヴィニョン捕囚時代のローマ教皇ウルバヌス五世に贈られた、もしくは教皇自身により注文されたニッコロ・ダ・ボローニャのミサ典書(c. 1370)〔図17〕、さらに14世紀前半にボローニャで制作された写本、例えば『オータンの司教用典礼定式書』(c. 1330-1340)〔図18〕(注31)にも強い白のハイライトが見出される。大学都市ボローニャで制作された写本がアヴィニョンに存在していたことは13世紀半ば以降確認され― 169 ―― 169 ―

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