鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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― 173 ―― 173 ― 白と黒とを加えグラデーションを作る手法の一致は、他作品との対比から更に明確となる。例えば『ベリー公の小時禱書』「ヘロデ王の前の洗礼者ヨハネ」(f. 211r)において、ジャックマール・ド・エダンの手により彩色された洗礼者ヨハネの衣の襞は、いかなる筆の痕も見えない程に段階的に与えられた薄い青から白までのグラデーションにより表され、ケルン写本とサン・ボネ壁画に見られた黒の輪郭線は存在していない。『シャルル・ル・ノーブルの時禱書』「十字架の準備」(p. 367)においてエゲルトンの画家が描くキリストの左手を釘刺す者の衣には茶と黒の中間色で引かれた輪郭線からピンクに向かう細やかな階調が与えられたが、白の塗りは見られない。ランブール兄弟の作品では、衣の襞は多くの場合一色の濃淡によってのみ表される。『ベリー公の美しき時禱書』(1405-1408/1409)「神殿奉献」(f. 57r)場面に見る聖母の衣では、細かな青の縦線が密に重ねられることにより濃い青の色面を形成し影を作り、まばらに重ねられた部分は明るい青の色面をなして光の反射面を示す。ここには黒も白も加えられてはいない。『ベリー公の美しき時禱書』の技法については以下参照。M. Lawson, “Observations techniques surle manuscrit des Belles Heures. Matières, procédés de fabrication et mesures de conservation”, H.Grollemund (dir.) et P. Torres (dir.), Les Belles Heures du duc de Berry (cat. exp.), Paris: Musée duLouvre, 2012, pp. 346-362. 15世紀イタリアとネーデルランド作品の比較をもとに、その絵画原理を論じたオットー・ペヒトの論考を参照。O. Pächt, “Gestaltungsprinzipien westlichen Malerei des 15. Jahrhunderts”,Kunstwissenschaftliche Forschungen, Band 2, Berlin: Frankfurter Verlags-Anstalt, 1933, pp. 75-100. 以下に再録。Methodisches zur kunsthistorischen Praxis, Munich: Prestel, 1977, pp. 17-58. 『オータンの司教用典礼定式書』については以下参照。Bologne et le Pontifical dʼAutun: chef- 14世紀前半におけるボローニャとアヴィニョンとの関係については以下参照。M. A. Bilotta,“Bologne et ses liens avec Avignon: manuscrits juridiques et liturgiques”, Ibid., pp. 260-277. ケルン写本及びサン・ボネ壁画には図像面において特にジョヴァンニ・ディ・フラ・シルヴェストロからの影響が見られた。ただし白の用法の影響源とその経路を特定するためには更なる検討が必要となる。 ケルン写本「降誕」(f. 65r)の聖母の衣に付された波型の輪郭線にはこの傾向が更に顕著に示dʼœuvre inconnu du premier Trecento, 1330-1340 (cat. exp.), Autun: Musée Rolin, 2012.される。

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