鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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小野庄凧店が所蔵している版木には創作年が記載されているものがあるが、この版木には記載はない。さてこの凧の絵柄についてであるが、井桁風に組んだ地柄の中央の円の中に、「寶」の字が大きく書かれている。王子稲荷神社と装束稲荷神社の神紋である稲穂と鍵をくわえている二匹のキツネが中央の字の上下に跳ねている。小野庄凧店の版木コレクションには別の版木がある〔図2〕。おそらく奴凧の形をした火伏凧の絵柄を印刷するために使われていて、絵柄には奴(人間)が描かれていた。しかし、〔図2〕の凧には、人間の顔ではなく、キツネの顔が描かれている。そのキツネは、口に稲穂をくわえており、人間の奴凧のデザインのような頭を囲む広い襟元がある。そして、キツネの腹の帯の部分に「火伏凧」が書かれている。側面には、火のように見える玉がある。ただ、この凧がいつ初めて凧市で販売されたのかを示す記録はない。さらに、この凧のモデルは、アマチュアの本のいずれにも掲載されていないので、この凧には王子稲荷神社の印が押されていたのか、つまりこの凧は神社の社務所で売っていたものなのか、それとも小野庄凧店が売っていたものなのかは分からない。2.凧守りのデザイン王子稲荷神社の火伏凧(奴凧)王子稲荷神社の社務所が販売している凧〔図3〕は、江戸時代の侍の家来であるヤッコを代表する形にした奴凧である。奴凧の形は、鳶凧の形に由来すると思われ、18世紀末ごろの江戸に登場したようだ(注7)。凧は、骨組みが竹4本、紙の部分は、和紙4枚で構成されている。人物の脚は凧の尻尾として使用されている。奴凧の袖の部分は、揚げる時に空気で満たされるように作られている。しかしながら、この火伏凧はお守りであるので、揚げることはなく、家で吊り下げられるものである。その理由としては、糸が付けられていない。ヤッコの頭を表す奴凧の上の部分は、通常、空気力学的およびイコノグラフィー的な理由のために曲がっている。凧の上部が曲がっていることで、揚げる時には、凧が風を受けて上がりやすくなり、家に吊り下げる時には、その無礼な振る舞いで知られているヤッコが胸を突き出す。凧が曲がっているのは、竹の扱い方によるものではなく、凧の後ろにある調整可能な糸による。したがって、奴凧を運ぶ時には、骨組みを壊さないようにするために、上部を平坦にすることができる。絵柄の二つの要素によって、その奴凧が火伏凧になる。一つは、朱印に書かれているのが、「王子稲荷神社火防御守護」だという点である。もう一つの要素は、着物の裾の赤い三日月模様である。小野庄司氏はこのモチーフの非対称バリエーションを他― 188 ―― 188 ―

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