画面を分割する青の逆三角形の色面と女性の前後関係を工夫することで、空間を豊かに拡張する。山名が「私はまた考える。V字型の絶対安定。それは永久に回転する円錐の断面。」(注9)と語るように、山名にとってV字型は一般論でいう不安定なイメージを与えるものではなく、永劫的な安定性を求めた結果のモティーフであった。・トランプとその記号『女性のカット』には、現代においても馴染み深いハートやスペードといった記号が度々登場している〔図12〕。雑誌『女性』の扉絵を彩った〔図13〕では、ショートカットの髪形の女性と日本髪の女性が、キングやクイーンのカードのように180度回転しても成り立つ図柄として表現され、トランプのモティーフを構図として取り入れている。『カフェ・バー・喫茶店広告図案集』(注10)では、片面の中央部分がスペードに型抜きされた二つ折りのチラシを提案しており、トランプの持つ造形力に対する強いこだわりが窺える〔図14〕。山名はハートとスペードを好んで描いたが、その経緯に関しては「直線と曲線とスペードとハートの組み合わせは、まったく僕の予想しない創意であるといってよい。これは白い紙の上の、自然発生的な美の黴菌の顕微鏡拡大図であろう。」と述懐している(注11)。しかし一方、彼による詩「カット断想」の中で、「スペードあるいはハートの形。それは美しい曲線を持つ型の基本。美しい形の嬰児。それは植物の葉であり、一枚の花弁であり、また映画女優の花唇。そしてロシア・ビザンチンの神聖なる球蓋です。」(注12)と想像力豊かに表現する。また、戦後の昭和28年(1953)に発行された『Yamana-Ayao装画集』においても、「美しい形の嬰児」「しなやかな草の葉」「飾られた花の唇」と同様の言葉を繰り返す。山名は、西洋において長い歴史を持つトランプの記号を、造形的強度の高いものとして捉え、自らの作品世界に取り込んだ。山名がトランプをモティーフとした理由として、竹久夢二の影響があることは容易に想像できる。デザイン的感覚に優れ、「セノオ楽譜」の表紙を多数手がけるなどした夢二は、トランプを好み、1910年代からトランプをしている女性の姿を描いた。雑誌『中央文学』の表紙は、ハートのエースのカードを模したデザインである〔図15〕。また、雑誌『若草』の表紙は、ダイヤの記号を想起させる菱形の飾り枠内に女性の横顔が描かれ、傍にはクラブやスペードの記号が添えられるなど、トランプのモティーフが巧みに取り入れられている〔図16〕。山名は「夢二の仕事にはもうひとつの際立った面がある。それは、一連の楽譜の表紙や装丁のデザインに見られるエキゾチックな新しい感覚の仕事である。」(注13)と夢二のデザインの仕事を強く意識していた。もちろん、トランプに惹かれた同時代の作家は枚挙にいとまがない。例えば、大正― 10 ―― 10 ―
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