鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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いった細かい部分が描き込まれた軸には、「家有寒山詩、勝你読経巻、書放屏風上、時々看一遍(家に寒山詩有り。你が経巻を読むに勝る。書して屏風の上に放き、時々に看ること一遍せよ)」と、「寒山詩」が書かれる。同様の構造を持つ慶徳寺所蔵の「豊干寒山拾得図」(注7)には豊干と虎の眠る姿を軸に描いている拾得と、その様子を軸の後ろから覗き込む寒山の姿が描かれる。軸は寒山の持つ矢筈に掛けられ、軸中に関防印などの印章や款記が収められている。軸中の款記には「寒山叟於国清東廊下書」と、「序」において寒山拾得が詩を吟じ、「三界輪迴」と口走っていたとされる国清寺の廊下にて寒山が賛を書したと款される。これら「軸中軸」の寒山拾得図の変奏として、軸を大きな芭蕉の葉に代え、「家有寒山詩」の「寒山詩」が書かれた葉上を見る寒山拾得の姿を描いた作品〔図4〕がある。「芭蕉の葉」と寒山拾得とのイメージの繋がりは「序」に「唯於竹木石壁書詩」とあるように、自らの詩を樹木などに書きつけたとされる寒山のイメージから発展して作られたと考えられる。芭蕉の葉に詩を題している寒山の姿は東京国立博物館蔵の伝因陀羅筆「寒山拾得図」などの他、寒山拾得の賛にもよく見られるものである。(注8)また、豊干寒山拾得及び虎の姿を、それぞれ、払子・軸・竹箒・虎の足跡で表した留守模様の四睡図にも軸中に「家有寒山詩」から始まる「寒山詩」が書かれる。「軸中軸」の形式とは別の白隠の寒山拾得図として、経巻を広げる寒山の横で箒を持った拾得が足元の毬栗をつついている作品〔図5〕がある。賛には「いがからむくり尊仏やおわします」とある。拾得のみを描いたものもあり、佐野美術館本の賛には「たすけ給へくり尊仏のいががらん」とある。賛中の「くり尊仏」は栗尊仏と過去七仏の内の拘楼孫仏をかけたもの。「いががらん」は「毬伽藍」に通じる。つまり、毬の伽藍の中にいる拘楼孫仏を取り出そうとする寒山拾得の姿を描いたものだが、過去七仏の師とされる文殊菩薩(=寒山)や拾得が伽藍の守護神を杖で打ったという逸話などからイメージを膨らませたものと考えられる。拘楼孫仏を内包する「毬栗」を描いた作品として、他に「いが栗図」〔図6〕がある。「いが栗図」には実をつけた栗の木とそれに小石を投げようとしている男性、栗を指差す子供を背負った女性、子供の手を引き同じく栗を指差す女性という、5人の人物が描かれている。賛には「人々打寄り本来無一物と云へる題にて発句しけれ、いが栗の笑ふ皃にもつぶてかな」とある。図中の栗の実は狗留孫仏であり、「本来無一物」である。栗は既に熟して裂け開いている(笑んでいる)ので中の実は見えているが、それを得るためには石の礫を投げるというきっかけが必要である。先の寒山拾得図に描かれているのも「いが栗図」に表されたのと同じことで、栗の実として表された狗留孫仏を得るための機縁が拾得― 220 ―― 220 ―

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