鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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飾的な表現や生活の描写に関心を持っていたことがうかがえる。加えて、草牧はポンペイの人々について「暖国で快楽的な生活をほしいままにした彼等は、人間の快楽的生活の極致まで行ったらしく思えます」(注11)と記しており、前近代のプリミティブな文化に興味を持っていたと推察できる。ローマにおいても、草牧は「キリスト教以前の爛熟した文化生活の遺物のフレスコと古い彫刻とが一番よい」(注12)と述べて、ローマ国立博物館のフレスコ(「プリマ・ポルタ、リウィアの別荘出土の壁画」(前20年頃)か)について、「ポンペイのとくらべて、ちっとも価値が下らない。それを見て居る間に、これから先き、巴里へ行ってからの私の勉強の方法が少し見えて来たやうな気がして、興奮をして歩き回った。」(注13)と記した。つまり草牧は、ルネサンス以前のジョットやジョッテスキの絵画や、キリスト教以前のフレスコ壁画に、プリミティブな価値を見出したと考えられる。ジョットの画面構成や色彩に「力」を見出す一方で、明暗・諧調の美しい色彩表現、暖国の快楽的な生活に関心を持ち、キリスト教以前の文化生活が生み出した、豊かな色彩による自由で明るい絵画を称賛したことが理解できる。2,絵画資料の分析ついで、草牧の模写やイタリアを題材とした作品について分析する。草牧が制作した模写について整理すると、管見の限りでは、3点、すなわち《ジョバンニ・ダ・ミラノ作「我に触れるな(キリスト復活)」部分模写》(大正11年(1922))〔図3〕、《ニッコロ・ジェリイニ作「マリア戴冠」部分模写1(全身)》(大正11年(1922))〔図4〕、《ニッコロ・ジェリイニ作「マリア戴冠」部分模写2(頭部)》(大正11年(1922))〔図5〕を確認できた。《ジョバンニ・ダ・ミラノ作「我に触れるな(キリスト復活)」部分模写》は、フィレンツェ、サンタ・クローチェ聖堂の「マグダラのマリア伝」から、復活後のイエスに触れようとしたマグダラのマリアが諫められる場面が描かれている。グアッシュによる彩色は、柔らかく明るい色調となっている。フレスコの色調を意識したのではなかろうか。人物たちの表情は穏やかで、自然で感情豊かな表現である。着衣は彩色の明暗によって立体的に描かれているが、ジョバンニと比較すると平面的な印象を与える。また、後景の建物の白い壁が雲のように描かれていること、樹木の葉が点描のように描かれていることから、風景は厳密な模写よりも、色彩豊かな表現、タッチの軽やかさを意図したと考えられる。― 232 ―― 232 ―

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