鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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《ニッコロ・ジェリイニ作「マリア戴冠」部分模写1(全身)》は、旗を持ち左上を見る聖人の横姿を模写している。光輪と衣装の金色に対して、画面左側には黒い布のようなものが描かれ、右側の背景は青色と紫色で彩色されており、色彩の対比と調和の工夫がうかがえる。全身模写、頭部模写ともに、パステルや色鉛筆で彩色しており、色彩表現に対する関心が表れた模写であるといえよう。模写からは、風景画を中心に制作した草牧の人物表現に対する関心が指摘でき、明るく色彩豊かな表現、色彩の対比と調和を模索していたことがうかがえる。一方で、イタリアの風景を題材とした作品では、フィレンツェ滞在中、小品が一枚出来たようであるが(注14)、確証できる作品は確認できなかった。展覧会出品作としては、《ポジリポの漁家》〔図6〕(大正12年(1923))が、「従来にない陰影と光の表現を行い、イタリア中世絵画研究の一端を示している」(注15)と指摘される。《ポジリポの漁家》は、大正12年(1923)11月、日本美術展に出品されており、草牧の欧州遊学を代表する作品とされる。文字資料からは、草牧が12月30日、31日に一人でポジリポを訪れ、《ポジリポの漁家》の基となる風景と出会ったことが理解できる。(前略)大分歩いてやつと海岸へ出ると、そこには三軒の家のある、小さい部落になつて居ました。そこの家の赤く塗つた壁や、崖の洞窟にきりこんだ家の形などが面白いので写生をはじめました。(注16)この日記における家の記述は、《ポジリポの漁家》に描かれた家の数や色と類似しており、このときの写生を基に作品が制作されたといえよう。構図は、前面に船を配置し、建物を斜めに描くことによって、画面に奥行が表現されており、ジョットやジョッテスキから学んだことがうかがえる。また、画面中央のやや下部に消失点が設定されていることから、鑑賞者の目線は四人の人物、子供を抱く母親と子供の手を取る父親に導かれるであろう。また、彼らのすぐ側に甕らしきものを抱える女性が階段を下りようとしている。この小さく描かれた人物たちの表情ははっきりと描かれていないが、草牧は小さな村の夕暮れ時の穏やかな情景を誠実に描き表しているといえよう。色彩表現に着目すると、全体的に茶色の色調ではあるが、家の壁や船、人物たちの衣服に、青、赤、緑といった鮮やかな色を併せて用いており、ジョットやポンペイの壁画から豊かな色彩表現を学んだ結果が反映されていると考えられる。― 233 ―― 233 ―

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