（1）襠衣をまとう作例（2）五髻文殊の作例ところで、中尊の文殊菩薩の服制や像容に目を転じてみるとき、襠衣をまとう作例や中国作例に見られない像容の作例など、いくつか種類があることに気づく。日本で受容された宋代図像の文殊菩薩の服制は、主に襠衣をまとうものであったように思われる。例えば絵画作例において、宋画写しとされる東京国立博物館本やクリーブランド美術館本の存在が認められ、彫刻作例においては、平安時代後期以降、独尊・群像を問わず文殊菩薩が襠衣をまとう作例がにわかに多くなる。群像の彫刻作例に絞っても、平安時代後期の岩手・中尊寺大長寿院像や山形・本山慈恩寺像をはじめ、鎌倉時代の奈良・安倍文殊院像、奈良・西大寺像〔図3、4〕、宮城・新宮寺像、京都・金戒光明寺像〔図5、6〕などが挙げられる。特に安倍文殊院像の全体の像容を模したとみられる金戒光明寺像や独尊の奈良・大智寺像の存在から、彫刻においても襠衣をまとう文殊菩薩の服制は主流であったといえよう。もとより、紺野敏文氏が狭義の五台山文殊の特徴として、「如意をとり、襠衣をつけた半跏形が五台山文殊の形式をより忠実に伝えるものといえよう」と指摘し（注4）、その代表例として中尊寺大長寿院像を挙げている。その他の作例も概ね、紺野氏が指摘した特徴の範囲内の図像表現とみられる。しかしながら、中国作例にみられる図像表現に忠実に基づくとされてきた安倍文殊院像の文殊菩薩の持物が、中国作例に通例の如意ではなく、利剣と蓮茎であることについては、安倍文殊院の本寺である奈良・東大寺周辺の文殊菩薩の絵画及び彫刻作例にみられる両持物を踏襲していると指摘されている（注5）。一方で、襠衣をまとい如意を執る中尊寺大長寿院像に関して、金子啓明氏は奥州藤原氏の中国憧憬の表れとし（注6）、また奥健夫氏は、中尊寺大長寿院像が経蔵の本尊として安置されていた可能性を指摘している（注7）。このように持物という重要な図像が中国作例を踏襲せずに、東大寺や南都で伝統的な持物を採用していることは重要であるが、服制はやはり襠衣である。しかしながら、五尊形式という群像でありながらも、襠衣以外の服制を採用している作例も現存する。次にそれらを見ていきたい。まず文殊菩薩が五つの髻を結い上げる、いわゆる五髻文殊の像容の作例について述べていく。五髻文殊は不空訳『金剛頂経瑜伽文殊師利菩薩供養儀軌』などに説かれるように、主に密教尊として信仰されてきた。文殊五尊の中尊を五髻文殊とする例は、― 263 ―― 263 ―
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