㉚ エミール・ノルデの東アジア滞在について─日本美術との関わりを中心に─研 究 者:福岡県立美術館 学芸員 藤 本 真 帆はじめにエミール・ノルデは豊かな色彩感覚でもって多くの油彩画を手掛けると同時に水彩画や版画においても傑出した才能を発揮した。その真骨頂が「描かれざる絵」だろう。滲みが巧みに用いられ、色彩の重なりとのびやかな筆による描写が魅力的なそれらは和紙に描かれており、その可能性を最大限まで活かしたものとなっている。その自由闊達な線や描写、墨や和紙の利用などは、時に東洋美術の影響も想像させるが、彼の言葉には明白な影響を示唆するものは見出せない。一方でノルデが実際に東アジアに訪れていることを考えるとその関係について一考する余地はあるだろう。これまでノルデ研究では東アジアとノルデの関係は掘り下げられてこなかった。ノルデと非欧州圏の美術に関しては何にましてもオセアニアが重要だからだろう。ノルデと日本を取りあげた展覧会はあるが(注1)、日本滞在時に描かれた作品等の紹介や南洋旅行の概説が中心で日本滞在の様子について詳細に検証されてはいない。本研究の目的は日本美術を中心に東洋美術とノルデとの関係を考察することである。本稿では、この一年の成果として、1913年の日本滞在の日程の詳細な検証、ノルデが当時どのような美術作品に触れることができたかについて報告する。あわせてノルデが東アジア滞在時に描いた作品の一部と日本美術に関するノルデの遺品を実見・調査したためその所見を記す。そのことによって、ノルデと日本美術、東洋美術の関係の考察を深めていく一助としたい。1.1913年の東アジア滞在エミール・ノルデとアダの夫妻は、1913年、ドイツ領ニューギニア医学・人口論的探検隊に同行し南海へと旅立つ。ベルリンを10月3日に出発し、ドイツ領ニューギニアへと向い、その後、翌年9月7日に帰国する。その途中、モスクワ、シベリアを経由して、朝鮮半島や日本、中国を訪れている。日本滞在は1913年10月末から11月頭とされる。展覧会図録『Emil Nolde: die Südseereise』には南洋紀行の旅程が示されているが(注2)、日時の根拠が明記されず、今回の調査で判明したことと齟齬を起こすものあるため、まずノルデの日本滞在の日程を再検討する。― 318 ―― 318 ―
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