鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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見られる記述は、後のノルデの視点から少なからず記憶や印象が組み換えられている可能性があり、より詳細な検証が必要なものでもある。2 ノルデと日本美術さて、厳しいノルデの日本美術評ではあるが、しかし日本美術がノルデの興味の対象外であったかと言えばそうではない。ノルデは浮世絵や能面を収集しており、今でもノルデ財団に残されている。古風な芸術観も持ち合わせていたノルデにとってそれらは芸術ではなかったのかもしれないが、ノルデ芸術には和紙をはじめ、日本あるいは東アジアの美術の一要素が流れ込んでいる。ここでは、今回調査したノルデの日本美術のコレクションの一部を紹介し、ついでノルデの和紙について述べる。2.1 ノルデの遺品にみる日本美術ノルデ財団に残された彼の遺品には、日本に関係する物も残されている。例えば、浮世絵、能面・狂言面、小ぶりの仏像や狛犬、あるいは陶製の人形などであり、その一部は『Emil Nolde: Puppen, Masken und Idole』で紹介されている(注16)。これらのうち、例えば、青い着物の日本人女性の陶人形は1913年の《雌牛、日本の人形と頭部》(1913年、アールガウア・クンストハウス・アーラウ蔵)に描きこまれており、日本滞在以前に収集したものであろう。能面は《静物L(アマゾーン、能面等)》(1915年、愛知県立美術館蔵)や《仮面とダリア》(1919年、ノルデ美術館蔵)、《仮面と花》(1919年、アーラース・コレクション蔵)などに描きこまれており日本滞在時に収集された可能性はあるだろう。今回は浮世絵および能面・狂言面に絞って調査をした。撮影の許可が下りなかったため、その結果を以下に簡単に記述したい。今回、実見できた面は〔表1〕の5点である。①の面はしもぶくれの女性の面で狂言の「乙御前」のように思われる。②の面は前掲書で「酒呑童子」とされているが、髪の描写から女面で良いだろう。③は顰めた眉や髭の様子から「中将」面と思われる。④は釣り上がった太い眉と強調された口ひげから「怪子」面の系統と思われる。《仮面と花》に描かれているのはこの面であろう。⑤は頬髯や顎髭があった跡のある、深い皺を刻んだ老人の面であるが、端をさげた開いた口に欠けた歯の様子から狂言面の「登髭」のように思われる。なお、《仮面とダリア》に描かれているのは①と②のように思われるが、②は状態が悪く描かれた面のように髪がきれいに残されていない。ま― 322 ―― 322 ―

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