鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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㉛ ヴィンチェンツォ・デ・ロッシの噴水計画─「ヘラクレスとケルベロスの犬の噴水」の計画案の位置づけ─研 究 者:鳥取県立博物館 学芸員  友 岡 真 秀ヴィンチェンツォ・デ・ロッシの噴水計画フィレンツェには、「ヘラクレスの12功業」を主題とする大理石の彫像連作が7体現存する。ヴェッキオ宮殿の五百人大広間に置かれる6体〔図1-6〕(注1)と、同市の南端に建つ旧メディチ家別邸、ポッジョ・インペリアーレの通用門右手に配されている別の1体〔図7〕(注2)がそれにあたる。この連作は、メディチ家の宮廷彫刻家として活躍したバッチョ・バンディネッリ(1493-1560年)の弟子、ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ(1525-1587年)による大規模な噴水の計画と関連づけられている。すなわちローマのバンディネッリ工房を拠点に活動していたデ・ロッシは、1560年に師が歿すると同年末にフィレンツェへ帰還し、この直後に同地の公爵コジモ1世よりヘラクレスを主題とする噴水の制作を委嘱されたとみられる(注3)。1561年のうちには連作の構想に着手したと考えられ(注4)、4点の一次史料からは、1584年までに現存する彫像連作が仕上がり、現存しない別の5体が粗彫りの状態にあったことが確認される(注5)。以上の状況から、デ・ロッシが「ヘラクレスの12功業」の連作を目指していたことは確実視されるものの、これが完成をみることはなかった。しかしながら、同ヘラクレス連作が噴水を構成する予定であったことは、ニューヨークのクーパー・ヒューイット美術館所蔵の「ヘラクレスの12功業の噴水」を描いた素描の存在によって裏付けられている〔図8〕。加えてルーヴル美術館素描版画室には、この噴水の下部水槽の縁を飾る浮彫装飾の構想を表す別の素描《ヘラクレスの物語習作》がある〔図9〕。ハイカンプは両素描を、デ・ロッシによるヘラクレス連作が噴水として構想されていたことを示す真筆素描として提示し、以降の研究史においては通説となっている(注6)。これまでに筆者は、これら2点の素描に描かれたモティーフの造形分析を進め、その着想源を特定することで、「ヘラクレスの12功業の噴水」の初期構想の様相を明らかにした(注7)。一方で、頂点にケルベロスの犬を伴うヘラクレス像を配する噴水の構想を示す別の大型素描の存在を見過ごすことは出来ない〔図10〕。この素描は、1982年末にクリスティーズのオークションにおいてその存在が明らかになったものであり(注8)、その後1997年にハイカンプが論文のなかで改めて言及したが(注9)、現在まで所在が不明であり、議論の対象外に置かれているものである。それゆえ、「ヘラクレスの物語」― 326 ―― 326 ―

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