鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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「ヘラクレスとケルベロスの犬の噴水」の計画案概要に依拠している点、そして円形水盤1点を用いたカンデラブロ型の形態を呈している点において、デ・ロッシの「ヘラクレスの12功業の噴水」の構想と類似性が高いものでありながら、両者の関連性は先行研究において看過されてきた。この状況を踏まえ、本研究ではこの「ヘラクレスとケルベロスの犬の噴水」の構想を示す素描を考察対象とし、デ・ロッシの「ヘラクレスの12功業の噴水」の計画との関連において、その制作意図を詳らかにすることを目的とした。「ヘラクレスとケルベロスの犬の噴水」の計画案について、1982年末のクリスティーズのオークション・カタログでは、制作年代は示されていないものの、上述の「ヘラクレスの12功業」の噴水計画との類似性からデ・ロッシに帰属され、尚かつ卓上用の噴水の計画案と見なされたが、その根拠は提示されていない。一方ハイカンプは、1550年代初頭頃にフィレンツェのピッティ宮殿付属ボーボリ庭園で噴水の造営が計画されていた際(注10)、デ・ロッシが大規模な噴水を夢想的に表した計画案とみなした。というのも、このとき依然として委嘱先が決まっていなかった同庭園の噴水計画に対してデ・ロッシは、師であるバンディネッリとともに、素描を通じて自身が抱く構想を提示することの出来る環境に身を置いていたと考えられるからである(注11)。描かれた噴水は、低い円形の台座の上に円形の水槽を設け、1つの水盤と、彫像群を施した3つの飾り円盤で構成される。水槽の側面では、等間隔に設けられた凸部にそれぞれライオンの頭部が施され、その猛獣の顎下から口と胸びれを開いて身を投げ出す魚の装飾が建築体の持ち送りとして機能している。各凸部の間の長方形の区画には、花綱を伴う2人の人物の頭部が向き合うモティーフが繰り返されている。水槽の内側には円筒形の基壇が立ち上がり、裸体のトリトーンやネレイデスが絡み合う浮彫の装飾帯がその側面を覆う。この基壇の上方には、同様の装飾帯と水を噴出するライオンの頭部が縁を飾るほぼ同寸の直径の水盤が配されているが、両者の間の空間は直径の一回り小さな円盤で二段に仕切られている。このうち下段では、水甕を手にしてウミガメの背に乗るプットーを中心として、その両脇には噴水の外側へ向かって前脚を投げ出す海馬に跨がるプットーが2体ずつ描かれる。上段では、ウミヘビを押さえつける4体のトリトーンが身を乗り出し、その中央にはグロテスクな仮面に跨がる裸体のプットーがいる。上方に配される水盤の内側には、円筒形の基壇が立ち上がり、三つ頭のケルベロスの犬を押さえつけるヘラクレス像が頂点を飾る。仮面― 327 ―― 327 ―

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