「ヘラクレスとケルベロスの犬」の造形様式を支える2体のプットーとその脚を噛む首の長い怪物が彫像のための基壇に配され、そこにはコジモ1世の象徴である山羊の頭部が花綱とともに浮彫りで装飾されていることから、この噴水は同公爵に捧げられたものとみてよいだろう。次に噴水の最頂部を飾るヘラクレス像に焦点を当て、類似する形態を示す先行作例の検討を通じて、この形態が生み出された文脈を跡づけたい。噴水の頂点に君臨する「ヘラクレスとケルベロスの犬」の形態については、早くもクリスティーズの出品カタログにおいて、ウィンザー城とヴェネツィアにそれぞれ所蔵される素描との類似性が指摘されていた(注12)。ウィンザー城の素描はミケランジェロの手に帰されており(注13)、横長の紙葉には左から順に、ネメアのライオン、アンタイオス、ヒュドラとそれぞれ闘うヘラクレスが描かれている〔図11〕。左端に描かれた「ヘラクレスとネメアのライオン」では、裸体のヘラクレスがこの猛獣の背に跨がり、左方へ頭部をもたげて威嚇するライオンの口に手を入れ、割くように両顎を押さえつける姿が正面から表される。先行研究においてこの形態は、アンドレア・マンテーニャの作品(注14)に基づくものと考えられており、これを伝えるジョヴァンニ・アントニオ・ダ・ブレーシャのエングレーヴィング(注15)と比較すると〔図12〕、ライオンを打ち負かすヘラクレスの基本的な姿勢のみならず、ヘラクレスがまとうマント(ミケランジェロはライオンの毛皮に変更している)がこの闘いの激烈さと呼応するかのように円弧を描いてはためく様も共通の形態を有していることがわかる。一方、ヴェネツィアのアカデミアに所蔵される同主題の別の素描は、先のウィンザー城の素描と極めて類似した形態を示す〔図13〕。ウッツは、ウィンザー城の紙葉の左上に記される覚書の筆跡を根拠としてこれをデ・ロッシに帰属し、「ヘラクレスの12功業の噴水」の下部水槽に施す物語装飾のための下絵とみなしている(注16)。それゆえこれとほぼ同じ形態を有するヴェネツィアの素描をウィンザー城の素描のための習作として位置づけ、この作者を同じくデ・ロッシに同定した。両素描に表されたヘラクレスとライオンのいずれの形態も完全に一致していることから、両者が参照関係にあったことは疑いない。しかし、ヴェネツィアの素描では描かれなかったライオンの毛皮が、ウィンザー城の素描ではマンテーニャの造形を伝える先行作例から想を得るかたちで新たに付け加えられている点に着目すれば、ウッツがウィンザー城の素描に先立つ習作として位置づけたヴェネツィアの素描にのみ、模範となった先行作例に由来するマントないし毛皮の描写が省略されていることは不自然だろう。これに― 328 ―― 328 ―
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