鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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め、それ以前に水盤の形状がどのように伝えられていたのかは不明である。しかしながら、早くも1551年にはバンディネッリによって初期構想が作られ、建築体および装飾に必要な大理石が発注されていたことに照らせば、この時点で彫刻家が噴水の要となる水盤の基本的な形状を把握していることは、噴水制作に際して必要条件であったはずである。したがって、「ヘラクレスとケルベロスの犬の噴水」の構想においてトリーボロのものと異なる形状の水盤が描かれている事実からはすなわち、この既存の水盤を用いるボーボリ庭園の噴水計画とは別の構想を示していると推察されるのである。本素描の作者をデ・ロッシとみなす場合には尚のこと、バンディネッリ工房においてトリーボロの水盤の形状に関する情報が共有されていたであろうことは想像に難くない。筆者の見解では、本素描は「ヘラクレスの12功業の噴水」の構想と時期をほぼ同じくして描かれた代替案と考えられる。コジモ1世からデ・ロッシに噴水制作が委嘱されたことを伝えるヴァザーリの記述では、「(コジモ1世はデ・ロッシに)大理石を用いて等身大を超える大きさの丸彫りの彫像群でヘラクレスの功業を作るよう命じた。」とされており、これが噴水計画であることはおろか、功業の主題や彫像数についても特定されていない(注22)。しかし、「ヘラクレスの12功業の噴水」と「ヘラクレスとケルベロスの犬の噴水」を表す2点の素描は、いずれも中段に1つの水盤を配したカンデラブロ型の類似した構造体を示しており、また紙葉の大きさについても、縦横の比率は異なるものの、ほぼ同じサイズの大型紙葉が用いられている。それゆえ両素描は、新規の噴水のための異なる構想を表すものであると考えられるのである。また、当該の素描において噴水の頂点を飾る彫像として選択された「ヘラクレスとケルベロスの犬」の主題は、もう一方の「ヘレクレスの12功業の噴水」の水槽を飾る浮彫装飾としても構想されていた。すなわち12功業の英雄譚の一つであるこの主題は、素描には描かれていないものの12体のヘラクレス群像のうちの1体として噴水に配される予定であったことが推察されることに加え、上述のルーヴル美術館所蔵の素描《ヘラクレスの物語》の存在に鑑みて、水槽の側面に用意された8区画のうちの1面においても繰り返される構想であったことがわかる。コジモ1世はヘラクレスの功業に取材した彫像群をデ・ロッシに委嘱する直前の1557年、スペイン王フェリペ2世より旧シエナ共和国領を授封した。実際には、シエナ領を併合するため皇帝軍の側についてシエナ=フランス軍と約3年に渡って戦火を交えた末に実現された領土拡大であったが、最終的に「授封」の形式が採られたことは、この直後に計画された当該の噴水計画において「ヘラクレスとケルベロスの犬」の主題が強調されていることと無― 331 ―― 331 ―

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