鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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考では、ミラノの詩篇唱集とポール・ゲッティー美術館のグラドゥアーレの詳細な比較には説得力があるのに対して、「ペンテコステ」をはじめとするその他の作品に関しては十分な考察がなされたとは言えない。また、複数のアントニオの写本装飾画が、ローマのアラチェリ教会に由来している事実は、この教会と画僧の接点を示唆している。アラチェリ教会には、グラドゥアーレだけでなく、アルベルティーナの作品も保管されていたとする記録が残されている。1736年に神父カジミーロ・ロマーノが記したアラチェリ教会の年代記によると、教会の聖歌隊席には聖歌詠唱に使われる写本が保管されており、その一冊にフラ・アントニオの装飾画が使われていると記されている(注8)。カジミーロ神父は、ルネッタ周辺に記された署名と銘文を書き写しており、その字句の一致から、この写本がアルベルティーナの「ペンテコステ」であることは間違いない。以上の理由から、フラ・アントニオがローマにて制作を行った写本について、改めて検討を加える必要がある。ここでは、アルベルティーナの写本をその考察の対象としよう。アルベルティーナの4枚の紙片とその構成アルベルティーナの写本は、一見すると、「ペンテコステ」の場面をグロテスク装飾枠とイニシャルが飾る一枚の羊皮紙に見える〔図1〕。実際は、灰色の台紙に「ペンテコステ」、グロテスク装飾枠、イニシャルTとSの4枚の紙片がモンタージュされた擬似紙葉である。イニシャルTとSは、装飾目的で台紙の空白部分に配置されたようである。また、グロテスク装飾枠内側の左上部を詳細に観察したところ、わずかに真紅と緑の顔料が残されていることが新たにわかった〔図11〕。これは、イニシャルTの地に使われた顔料と同じものであることから、装飾枠の内側には、装飾イニシャルとそれに続く何らかのテキストが記されていたことがわかる。また、「ペンテコステ」は、現在のように装飾枠中央に描かれていなかったと考えられる。この絵は、頭文字の機能を持たない独立した絵画で、これだけ大きな物語場面が、装飾枠のいずれかの縁に偏って配置されていたとは考え難い。すなわち、イニシャルとグロテスク装飾枠、「ペンテコステ」は、異なる紙葉に描かれていた装飾画であり、それぞれに図像上の相関関係もない。グロテスク装飾枠とアラチェリ教会アルベルティーナの4枚の紙片のうち、ローマとの関係を容易に想起できるのはグ― 365 ―― 365 ―

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