生を扱った主題である。図像としては、室内中央の聖母とその周りに集う使徒達に「炎のような舌」が分かれて現れ、一人一人の上にとどまった瞬間が描かれ、聖母の頭上には聖霊の鳩も描かれるのが一般的である(注17)。同時期の写本に描かれた作例と比較してみよう。アレクサンデル6世の片腕ジョヴァンニ・ボルジア枢機卿のミサ典書が、キエーティ大司教区に保管されている(注18)。ペンテコステの日曜ミサの頁(f. 178v)には、イニシャルSとして聖霊降臨の場面が描かれている〔図17〕。ここでは、聖母と使徒の頭上には赤い舌のような炎が描かれ、マリアの上には直線的な光線を放つ聖霊の鳩が舞い降りる一般的な図像が描かれている。一方で、フラ・アントニオの「ペンテコステ」には、特異な表現が含まれていることに留意しなければならない。まず、各人の頭上には「炎のような舌」は描かれず、内陣を思わせる天井から、波状のものが噴き出している。また、聖母の上には聖霊の鳩が描かれず、壁龕の貝殻装飾からぶら下がる王冠が、その頭上を飾っている。冠を戴いたマリアは「天の女王(regina coeli)」を表し、それが聖堂内に座す場合には教会の擬人像であり、「教会の御母(mater ecclesiae)」と解釈される(注19)。また、教会の誕生を主題とするペンテコステでも冠を戴くマリアは同様の役割を担うが、本作のように冠が頭上に浮いた描写がなされている例は他に類を見ない。では、これらの特殊な図像が、なぜこの紙葉に描かれたのだろうか。この珍しい図像は、肖像主アレクサンデル6世を顕示するための工夫であることを指摘したい。ボルジア家の教皇とその親族は、一族を象徴する紋章やエンブレムを美術品に多用したことで知られる。エンブレムは三種あり、ボルジア家の紋章から取られた赤い雄牛、アラゴン王家の縁者であることを示すアラゴンの二重冠、そしてファルパス(farpas)とスペイン紋章学で呼ばれる波打つ炎である(注20)。これらの図像が使われている最も良く知られた作品は、ピントリッキオらが制作したヴァティカン宮殿「ボルジアの間」の壁画である〔図18、19〕。壁面や天井のいたるところを、牛、二重冠、ファルパスが飾っている。同様に、ボルジア家支配下の町チヴィタ・カステッラーナにも、エンブレムが一面に描かれたグリザイユ壁画が描かれた。この町のサンガッロの要塞中庭の回廊には、グロテスク装飾風の半獣半人像や動物像に、ボルジアの牛と二重冠を組み合わせた図案が氾濫している〔図20〕。壁画以外にも、ローマのサンタンジェロ城中庭の井戸や、チェーザレ・ボルジア枢機卿の剣のための鞘(ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館、101-1869)にもエンブレムがあしらわれている。― 368 ―― 368 ―
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