鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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突起の存在や彩色はこの時期のリーチが作った複数の壺に共通し、壺本体とは独立した取っ手の存在感を強調しているように見える。器物全体を見ても、「壺」では紡錘形の胴部、細い首と広がった口、首からせり出す取っ手という全体が一体感を持って描かれるのに対し、リーチの作品では胴部と首、本体と取っ手の境界が明瞭で部分を接続した感が強い。次に紋様を見てみよう。「壺」には、ストロークの長い描線によって、植物の葉や穂、土や雲のような不定形のモティーフが一連の風景のように描かれる。また胴部の湾曲をしなる植物が反復するなど、器形との一体感が演出される。一方でリーチによる陶磁器では、器物の面が帯状に分割され、連続した幾何学文によって装飾される。《紋章付注瓶》の中央に描かれる紋章のように、独立したモティーフを並べるものもある(『美術新報』14巻12号には《紋章付注瓶》と同じ獅子の図像を持つ壺の図版が掲載される〔図10〕)。後年にリーチが制作した《鉄絵魚文壺》(1931年、York Art Gallery)においては、筆勢を生かした紋様と器形とが高度に呼応していることが鈴木禎宏氏の論考によって明らかにされた(注12)が、1910年代前半のリーチの作品はそのような表現を志向していないように見える。最後に「図」となる紋様と、「地」となる余白との関係を見てみたい。岸田の「壺」に描かれる紋様は、長いストロークの途中や先端でかすれており、それは釉薬が地肌に溶け入るさまを示すように見える。かすれた描線によるこの効果が最大限に生かされるのが、1916年11月に完成した《壺の上に林檎が載って在る》である。他の2点の《壺》にはないこの作品の特徴は、紋様のない「地」につけられた色むらである。無地の部分の色むらとかすれの多い描線による紋様とは、器面の中で調和し、陶土の質や釉薬の掛かり具合などによって複雑に変化する陶磁器特有の質感を思わせる。この表現は作品独自の魅力となると同時に、かすれの多い紋様という他の作品との共通要素が、器物の「地」との一体感に寄与していることを示すのに有効な表現となっている。一方でリーチの陶磁器の紋様は、色の淡い部分と濃い部分とを別々に重ねることで濃淡の差がつけられているものの、描線はインクペンのように均質である。以上、岸田の「壺」と、そのモデルになりうる年代のリーチ作の陶磁器との比較を行った。岸田の「壺」は器形と紋様が一体となるような器物を表現しているが、リーチが当時制作した片手付きの壺は、本体と取っ手という各部分、またそれぞれの紋様が、独立した内容を示す傾向が強いといえる。現存作例にも幅があること、また当時のリーチは、楽焼のみならず本焼、磁器への絵付けなど様々な技法を試みた(注13)といわれるために現存作例のみから制作の全容をとらえるのは困難であり、片手付き― 399 ―― 399 ―

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