今日の歴史認識や価値観の問題点を浮き彫りにした。さらに、「国境」や「境界」というフレームに捉われない当地域全体の文化的相互影響、相互干渉してきた多様な歴史事象の諸相を明らかにし、交流を結節とした大局的な東アジア文化（受容）史観を構築することの重要性を指摘してきた。第4回にあたる今回のフォーラムでは、昨年に続き2回目の登壇となる本報告者（塚本）と、新たに本助成者の一人呉孟晋氏（京都国立博物館）を講師として、それぞれの講演を通して、前近代から近代にかけての日本における中国美術コレクション形成と中国美術史学確立をめぐる人的・物質的往来とその交流史を照射し、改めて東アジア美術史ないし文化史が内包する越境性や多様性とはなにか、そして越境や交流によって創出された新たな価値観をどのように受容・共有していくか、を提示することとなった。はじめに、総合司会の孫建軍氏（北京大学）による登壇者紹介と、今西淳子SGRA代表による開会挨拶とフォーラムの開催経緯の説明があった。次いで、前半部の問題提起と2つの講演、休憩をはさんだ後半部の討論（質疑応答）と総括の二部構成で展開した。まず本助成者の一人林少陽氏（東京大学）の問題提起では、過去のチャイナ・フォーラムで提示された、従来の一国美術史観への批判と「国家」に収斂され得ない中間領域に存在する美術作品の再編に関する諸問題を踏まえて、近現代中国美術史学が社会の変革期に直面した文化的アイデンティティーの葛藤を「中間地帯」というキーワードから読み解いた。ここでは、清末から民国期にかけて活躍した高剣父や陳樹人ら嶺南画派による日本画を介した西洋画法受容と失われた伝統的中国画法への回帰を例に挙げ、さらに傅抱石や潘天寿ら同時代画家による言説をとりあげながら、前近代と近代/東洋と西洋のはざまで新たな「中国絵画（国画）」確立を模索する中国美術家たちのジレンマを紹介した。続いて本報告者による講演「近代中国学への架け橋─江戸時代の中国絵画コレクション─」では、室町期の足利将軍家による唐物収集と「東山御物」コレクション形成によって新たな社会的機能を付与された中国絵画が、応仁の乱による散逸を経て、再び江戸時代において文化的権威として巧みに利用されてきた実相を明らかにした。とりわけ福井藩における記念碑的な中国美術コレクションである、牧谿「平沙落雁図」（「瀟湘八景図」のうち。現・出光美術館蔵）と「初花茶入」（南宋、現・徳川記念財団蔵）をとりあげ、そこに具体例にあらわれた江戸と地方、藩と幕府、各大名家の間での唐物の交換・流通の実態、さらには狩野派による広範な模写制作ネットワー― 418 ―
元のページ ../index.html#429