鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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2.キャヴィネス教授講演会10月21日(土)午後、米国タフツ大学名誉教授で、国際学士院連合名誉会長でもあり、西洋中世のステンドグラス研究とジェンダー研究により国際的に著名なマデリン・H・キャヴィネス教授による講演会が開催された。目下故チャールズ・ネルソン教授との共著『「ザクセンシュピーゲル」彩色写本における女性とユダヤ人』を刊行準備中のキャヴィネス教授は、「14世紀ドイツ法の下に描かれた女性とマイノリティ」と題し、国際学士院連合総会開催記念講座として講演をされた。司会は秋山が担当した。講演に先立ち、青柳正規学士院会員がキャヴィネス教授の紹介をされ、教授のカンタベリー大聖堂ステンドグラスについての著書が、英国のチャールズ皇太子とダイアナ妃との結婚式の際のギフトとなったことなどが語られた。引き続き、パワーポイントによる画像およびテクストの呈示をともなって、およそ90分にわたって講演がなされた。なお、会場には西洋美術史、西洋史、フェミニズム・ジェンダー研究等の専門家を中心に、およそ80人の聴衆が集まった。『ザクセンシュピーゲル(ザクセンの鏡)』はアイケ・フォン・レプゴウにより1225年頃に著述されたドイツ語による法律書だが、14世紀に挿絵付きの彩色写本が少なくとも4点制作された。キャヴィネス教授の講演は、この内、オルデンブルク写本とヴォルフェンビュッテル写本に主として依拠し、適宜ハイデルベルク写本を援用しつつ、それらの中に描かれる女性やユダヤ人およびスラブ系少数民族ヴェンド人に着目、14世紀が進む中での神聖ローマ帝国内における彼らの立場の変化あるいは差別の深化を浮かび上がらせようというものであった。教授は、挿絵が単にテクストの内容をただ図示するだけではなく、時にテクストに触れられていない内容を付加していること、またテクストからはうかがい知れない、挿絵同士の関係性(「インターヴィジュアリティ」)から浮かび上がる意味に注意を喚起され、聴衆にとって思いもかけない解読の事例をいくつか実践的に示された。例えば、女性の法的立場が低く、その権利が非常に制限され、自律性というものが認められていなかったことは、テクストからもある程度読み取れはするが、『ザクセンシュピーゲル』写本においては、随所で女性が危険あるいは愚鈍な動物と視覚的に関連付けられたり、男性が剣、女性が大バサミを持物として与えられたりしており、挿絵においてテクスト以上に性差が強調されていることが指摘された。また、ユダヤ人については、14世紀半ばまでは一定の権利を与えられ、庇護されていたが、世紀半ばのペストの大流行後、迫害が強まったことの反映を、とりわけヴォルフェンビュッテル写本の挿絵を例に取って説明された。ここでもしばしばテクストにはない、ユダヤ人にとっては不利な要素が挿絵で付加されてい― 422 ―

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