鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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が、非常にクリアな見解ではあると思う。さらに、韓国の「工芸」が、いかにして世界の舞台に挑戦してきたかという実際の工程、フィラデルフィア・クラフトショーの紹介をされたが、実は根底には朝鮮戦争で失われたものを保全しようという1980年代の学生の熱意と資金面で民間のファンドの援助があったということだ。このような事実からも歴史的視座を伴った制作ということが韓国において工芸たり得る重要な要素であるという側面を感じる。マテリアル、素材の扱い方について、「新しいやり方の中に古いものが残る。」と、言う哲学的命題を掲げて、実際の作家の例をあげて普遍性と変化の背景には韓国のメンタリティー、クリエイティビリティー、知恵、美学が示されているという。これをマテリアルカルチャーと提示した。イギリスのプリマス大学の教授、マルコム・フェリス氏はアカデミズムという立場で、「Crafting Sustainable Modernity・持続可能な現代性をクラフトする」というテーマで講義された。イギリスの産業革命に端を発する、すなわち工芸、クラフトにおいても言える手仕事から機械化、技術革新、大量生産、大量消費という社会システム、経済メカニズムを冷静に歴史的に分析して現在の状況認識を発表された。それは氏がイギリスで「Making Future」と言うプロジェクトのキュレーションをしたことに関わることで、コンテンポラリーの工芸や製作者のムーブメントを、社会を変える力として扱うという極めてスケールの大きな発想に基づいている。日本では「第三の波」と言われるプロシューマーの出現などからコンテンポラリーアート、クラフト、デザインなどもお互いに影響を及ぼすようになって境界がわからなくなってきていること。一方、西洋社会で重要なセミプロフェッショナルなアマチュアのアクティビティ、フェミニスト的な形で表出してくるもの、「クラフティズム」というものがあるが、それにはクラフトを使い、政治メッセージを発信したり、高齢者社会の問題であるアルツハイマー疾患に対して行われたプロジェクトなどもあり、クラフトが社会性を持つ例としてあげられた。また1990年代中頃からの3D印刷、デジタル、オープンソースの展開などが新しいクラフトアクティビズムを生んでいるとのことだ。要するに「工芸」をその物自体の価値としてみる従来のあり方とは違う、新しいインフォメーションのツールとして見いだしたことなのだろうと思われる。我が国の状況とはそもそも随分と異なる部分はあると思うが、今世紀のアートの価値基準を牽引してきたイギリスの現在の状況を分析することから、未来に向けて参考になる方向を見出すことが可能ではないのかと感じた。単に美しさや造形性や機能性― 427 ―

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