鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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施した。奈良国立博物館の別館「なら仏像館」が20時まで無料で開館していたこともあり、参加者の多くが異なる時代の仏像を鑑賞する機会に恵まれた。会期中には奈良市内の寧楽美術館にて、日本と中国の印章に関する展覧会《寧楽美術館の印章─方寸にあふれる美─》が開催されており、西欧中世における印章研究に従事するアンブル・ヴィラン氏や紋章学の専閧家ロラン・アブロ氏にとって思いがけない収穫となったことも、美術館・博物館を介した文化交流の例として特筆すべきだろう。懇親会は、奈良で国際シンポジウムを開催するのに必要な情報や助言を惜しみなく与えて頂いた奈良県ビジターズビューロの吉田保喜コンヴェンション誘致部長による挨拶などもあり、終始和やかな雰囲気の中で行われた。レストランにお願いしていた奈良の地酒はもとより、ボジョレヌーボーも用意されており、吉田氏を交えた葉風泰夢営業部長との打ち合わせを重ねた成果を確認する次第となった。シンポジウムの最終日は《西欧中世と日本中世の比較研究の可能性》という題目の下、ブノワ・グレヴァン氏による極めて意義深いイントロダクションにはじまり、印章、紋章、一揆、宗教と戦争、叙事詩といった主題から東洋と西洋、あるいは日欧の様々な比較的アプローチが提示された。ただし、ほとんどの発表者が日本に関する専門家ではないことや、中には日本で未だ十分な深化が図られていない研究分野もあり、多くの発表が今後の比較研究にたいする提案に留まらざるを得なかった。また、会場にも各主題に精通した日本人研究者がいなかったため、それらに対する発展的な見解が提示されたながったことが悔やまれる。本シンポジウムが目標としていた「文化交流」を論じることが如何に困難かを再認識せざるを得なかったのは、最終セッション《比較研究のさきに》である。熟練した研究者による興味深い論考が提示されたが、発表者自身が当初目指していたもの、或いは本事業の企画者が期待していたものからの乖離が、程度の差こそあれ各発表に窺えた。発表者の一人であるジャック・ベルリオーズ氏の来日が叶わなかったために、論考に見受けられた様々な問題に対する回答が得られなかったのも残念だった。いずれもアクトに寄稿して頂く論考に期待したい。3日間にわたるセミナーとシンポジウムの結論は、イザベル・ドラエラン氏に入念に準備して頂いたものの、美術館の閉館時間が迫っていたことや、ジョエル・デュコ氏が参加者への挨拶を最後にして下さることが急きょ決定したため、大幅に省略せざるを得なくなった。そのため結論の全文は、後日メネストレル会員にメールで送信されるほか、本会のウェブサイトにも掲載される予定である。また、当該文書を編集・翻訳したものについては、田辺による事業報告書と共に2018年12月に刊行される西洋― 442 ―

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