鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
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(3)屛風絵の制作時期であり、左右の隻で異なる絵師が筆を執った可能性も否定できない。仮にそうであるならば、右隻の絵師は『源氏物語』に精通した人物と考えられるだろう。屛風絵が留守模様と見られることも、古典文学や和歌に造詣の深い絵師が制作に関与したことを想像させる。それでは、長谷川派にそうした絵師が存在したのだろうか。考察を進めるには、制作当時の長谷川派の陣容を確認する必要があるが、一方で長谷川派と作域を同じくする画派にも検討の範囲を広げねばならない。したがって、屛風絵の筆者に関しては今後も引き続き精査を要する。次に制作時期について検討したい。屛風絵は色紙形の貼付を前提に制作されているため、色紙形の完成時期が屛風絵制作の上限となる。まず色紙形の色合いに注目してみよう。伊藤敏子氏は、料紙や服飾における色彩の流行が、慶長期半ばを境として淡色から濃色へ移行することを指摘する(注3)。陽明本の色紙形に濃色が目立つことはすでに述べたが、伊藤氏の見解に従えば、これは当該期の色彩の流行を反映したものと見做し得るだろう。色紙形の書が慶長19年(1614)に薨去する信尹の晩年の筆致であることも勘案すると、色紙形は慶長期後半に完成したと見てほぼ間違いない。したがって、屛風絵の制作時期も慶長期後半以降となる。さらに伊藤氏は、色紙形の貼付方法に様式があったことも指摘する。同氏の紹介する史料「染筆相伝之事」は、色紙形の貼付方法が図解入りで示された室町時代後期の伝授書である(注4)。報告者が近年確認した色紙貼交屛風に、尊朝法親王(1552~97)の色紙を貼り交ぜた「色紙屛風」(京都・禅林寺蔵、以下禅林寺本)があるが、そこでは伝授書の図解通り、「重(色紙を横に並べる)」「半(色紙を上下に半分ずらす)」「角(色紙の角を突き合わせる)」という三種類の貼付方法が、扇毎に規則正しく繰り返されている。ところが陽明本では、色紙形は六扇全体を一画面として律動的に配されており、また、色紙形の間を埋める装飾に過ぎなかった屛風絵は、色紙形との相乗効果を生むよう図様や構図に配慮がなされている。これほど密接な色紙形と屛風絵の関係は慶長期以前には見出し難く、禅林寺本と陽明本の制作時期にはかなりの懸隔があるように思われてならない。琳派の影響も考慮するなら、屛風絵の制作時期は宗達や宗雪の活躍期である寛永期まで視野に入れるべきだろう。― 42 ―― 42 ―

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