(3)近衛信尹の料紙装飾と海北友松画の共通点どのようなものか。報告者が陽明本の金銀泥下絵の詳細を確認できたのは、『光悦の書 慶長・元和・寛永の名筆』(大阪市立美術館、1990年)所載の3枚の色紙形のみである。よって、実見調査の機会が得られた信尹筆「三十六歌仙絵色紙帖」(東京・センチュリー文化財団蔵、以下センチュリー本)、及び「調度手本」(東京国立博物館蔵、以下東博本)のうち同筆「総目録」も考察に加えることとする。まず、陽明本の金銀泥下絵に注目しよう。右隻第五扇下・色紙番号8には金銀泥で梅樹と笹が描かれている〔図3〕。強靭で、よく暢達した線条は確かに友松の線条に近く、薄く引かれた金泥の霞で樹幹の一部をかき消すところも、友松の障屛画を彷彿とさせるものである。また、色紙番号7には薔薇と思しき花が描かれているが、その花冠や葉は輪郭線によらず、水気の多い銀泥を面的に刷くことで描出されている〔図4〕。この陽明本の金銀泥下絵と同筆と思われるものに、信尹が三十六歌仙の和歌を色紙形に一首ずつ揮毫したセンチュリー本の金銀泥下絵がある。色替りの料紙に金銀泥で草花を描いたもので、陽明本に比べやや草卒な筆致ではあるが、かえってその画技の高さを明確に把握することができる。例えば、壬生忠岑の色紙形に見える金泥描の芭蕉は、裂けた葉先を風に揺らす様が切れのある線条で軽快に描出されており、その素早く的確な描写には目を見張るものがある。また、東博本のうち信尹筆「総目録」の金銀泥下絵も同筆と思しきものである。この料紙には箔装飾が大胆に施されているため、金銀泥下絵はあまり目立たない。しかし、箔装飾の間からこぼれ咲く銀泥描の糸桜は実に華やかで、花弁を描くリズミカルな筆致が個々の花に生気を与えている。その根元に見える可憐な蒲公英についても、入り組んだ鋭角的な葉の形状が、滞ることのない運筆で弾むように描出されている。つまり、信尹の料紙に施された線描主体の金銀泥下絵は、中世の金銀泥下絵にはなかった軽快なリズム感を伴うもので、線条は強靭で暢達性に富み、形状把握がきわめて的確である。こうした筆致を同時代の絵師に探せば、土佐派や狩野派や長谷川派ではなく、やはり海北派に思い至るのである。では、友松の画蹟中にこうした筆致が実際に存在するのだろうか。信尹の料紙に施された金銀泥下絵の特徴の一つに、花弁や葉の先端で筆を縦方向に強く打ち込み、中央から左右に分けて筆を運ぶ描法がある。センチュリー本の銀泥描の鉄線の花弁はこの打ち込みがことに強く、起筆部分は釘の頭のようにも見えるが〔図5〕、これに同― 44 ―― 44 ―
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