1.新礼拝堂装飾概観まず簡略ながら装飾プログラムに関し述べたい〔資料1参照〕。新礼拝堂装飾事業はまず、1447年にフラ・アンジェリコに委託された。彼の大聖堂造営局への助言によって新礼拝堂の主題が「最後の審判」に定められたことが、近年ギルバートによって確認されている。アンジェリコは祭壇側のヴォールトの、《審判者キリスト》と《預言者たち》の2面を仕上げた後、事業を放擲し、1499年に漸く事業を継承したのがシニョレッリであった。前任者の残した素描と、地元の神学家の助言に従いヴォールト全体の主題を「天の法廷」に定め、残り6面を仕上げた後、翌年壁画も描くよう契約が更新される。「最後の審判」の図像伝統に従い、アンジェリコの残した《審判者キリスト》の下の祭壇壁に、シニョレッリは《天国》と《地獄》、祭壇側のベイのルネッタに対面する形で《地獄に堕ちる人々》《天国に選ばれし人々》、入口側のベイのルネッタに《死者の復活》の主題を採った。しかしその対面の《アンチ・キリストの説法と行い》、入口に描かれた《世界の終わり》の2面は図像伝統上の例外であることが確認され、シニョレッリの時代に新たに付加された新礼拝堂の装飾プログラムの要であると指摘される。壁画の契約の記録は、既に画家が素描を用意していて、入口のルネッタのみ造営局が画家に主題を提供したことを伝えており、《世界の終わり》が造営局にとって特に関心のある主題であったことが分かる(注6)。ルネッタの下のエンタブラチュアによって区切られた腰壁は、さらに付柱が2つの区画へと、空間を分かつ構造になり、騙し絵的な古代建築様式が描かれる。区画の中央には詩人の肖像が、その四方を囲む小円形には詩人の著作からの場面が描かれ、最下部には古代の石棺のような、半人半魚のトリトンやネレイデスの意匠が描かれる〔図1〕。腰壁の詩人とその著作の場面については〔資料1〕を参照されたい。これらの特定については様々な議論があるが、本稿では、ほぼ古代の詩人とその著作の逸話を描いている腰壁が、異教主題を上方のルネッタのキリスト教的主題と結び付け、礼拝堂装飾としては特異な機能を持つと言及するに留めたい。例えば、《地獄に堕ちる人々》の腰壁には、オウィディウスと、ウェルギリウスの肖像、その周りには其々『変身物語』から「プロセルピナの略奪」と、『アエネイス』の「冥府くだり」といった、彼らの著作の逸話が描かれる。故に、腰壁とルネッタで、異教の冥府と、キリスト教的な地獄とが関連づけられていることが分かる(注7)。以上のように新礼拝堂の腰壁は、古典と聖書を結びつける先鋭な思想のもと構想され、故に事業の背景に、人文主義的性格を持つ助言者がいただろう事が想定される。そうであれば本稿が問題にする新礼拝堂の過剰な古代性も説明がつくのである。― 76 ―― 76 ―
元のページ ../index.html#86