鹿島美術研究 年報第35号別冊(2018)
98/455

⑨ 「清明上河図」に描かれた宮室に関する考察─台北1605本「清明上河図」を中心に─研 究 者:千葉大学大学院 人文社会科学研究科 博士後期課程  陳  璐 璐はじめに「清明上河図」通行本は、明代後期から北宋末期の宮廷画家であった張擇端による北京故宮博物院所蔵「清明上河図」の基本的構図と図像を踏まえながら、北京本に描かれた中国北方の都市の汴京(現河南省開封市)を南方の都市に描き替えた作品群である。通行本は当時大量に制作され、一見「贋作」的な性格を有しながらも、「蘇州片」と呼ばれてとりわけ人気が高かった(注1)。一部の蘇州片「清明上河図」は、城内の場面がより多くを占め、最後に宮室が描かれている点が注目される。宮室が描き込まれた「清明上河図」通行本はおおむね2つのタイプに分けられる。1つは台北故宮博物院所蔵の「清明上河図」(以下所蔵館における「作品号」001605に因み、台北1605本と略す。〔図1〕)に代表されるものであり、宮室の場面が幾つかのイメージが交じり合って、賑やかな雰囲気で描かれているという特徴を有する。これは「清明上河図」通行本に最も多く見られる特徴である。もう1つは遼寧省博物館所蔵の「清明上河図」で、宮室の場面が独立のイメージとして静寂な雰囲気が漂うように描かれているという特徴がある。本稿は、多くの通行本に見出せる特徴を有する台北1605本を分析対象とし、特にその宮室場面の表象分析を克明に行うことで、台北1605本を手掛けた画家がどのような作品からモチーフを取り入れて、新たな宮室を表現したのかを明らかにしたい。一、王振鵬の「龍舟競渡」図との関係はじめに、分析対象とする台北1605本の宮室画面を確認していこう。城壁の中に入ると、湖中に横並びに建つ2つの宮室が拱橋と連なっており、下部に4隻の龍舟が城壁に向かって前進する。2つの宮室を越えて画面を先へと進むと、陸に建つもう1つの宮殿が現れ、その周りを青緑の山や松が囲む。背後には雲が棚引き楼閣の屋根が見え隠れする。画面全体は、湖中に建つ宮殿と陸に建つ宮殿を中心とする2つの場面に分けて描かれている。台北1605本に見られるような「清明上河図」通行本の宮室部分については、先学により元代画家の王振鵬に帰す「龍舟競渡」の行事を描いた作品群からの影響が指摘されている(注2)。よってここでは、さらに表象分析の観点から、両図の関係性を改― 88 ―― 88 ―

元のページ  ../index.html#98

このブックを見る