鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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⑨在朝鮮日本人画家・加藤松林人(1898−1983)に関する研究研 究 者:元総合研究大学院大学 文化科学研究科 博士後期課程はじめに加藤松林人(かとう しょうりんじん、1898-1983)は、徳島県出身で戦前に20才で朝鮮京城(現、ソウル市)に移住し、朝鮮美術展覧会(以下、朝鮮美展)を中心に活躍した日本画家であり、1945年引揚後には日本国内での日韓交流に努めながらも公式的な画壇活動は見られなかった作家である。言い換えれば、戦前30年余りを朝鮮で過ごした「在朝鮮美術家」であるが、日本に戻ってからは日本画壇で活動の場を得られなかったと評価されている。「在朝鮮美術家」に関する先行研究としては、韓国において戦前の官設美術展、美術教育といった美術制度の中で朝鮮美術家との交流や影響関係などが論じられてきたが、戦後のありかたについては未だに発掘、研究されていない人物が多い(注1)。引揚後、日本に戻った在朝鮮美術家たちの活動は、日本近代美術史の中でもほとんど扱われていない。加藤松林人の場合は、在日韓国人の医師姜健栄が『近代朝鮮の絵画』(朱鳥社、2009)で4章にわたって書いているが、元々『Korea Today』(注2)に美術評論として連載したものを集めた本なので、略年譜も1935年で終わっており学術論文というよりは画題別に紹介した随筆の性格が強い。しかし、戦後美術史の中で忘れ去られていた加藤松林人を再認識させ、2009年に彼の作品展を企画したことなどの業績は大きい意義を持つ成果である。また韓国では、黄正洙の「日帝強占期韓日美術交流」に関する著書で加藤松林人について扱っているが、韓国にある資料と現存作品を中心にした短文である(注3)。以下、加藤松林人の履歴およびその作品活動について詳細に検証していくが、資料としては、まず、還暦を記念して、1958年自費出版した随筆画集『朝鮮の美しさ』(注4)と未発表自筆原稿『回想の半島画壇 1、2、3』(479枚)、『半島畫趣』(171枚)、『私のノート』(155枚)、『履歴書』(41枚)を用いることとする(注5)。『回想の半島画壇』は、日韓併合から終戦の約40年間の美術界の状勢を、記憶をたよりに書き綴ったものであり、『半島畫趣』は朝鮮の風光と写生地を地域別に細かく書いたものである。『私のノート』と『履歴書』には、より個人的な内容が多く含まれており、美術家としての自己認識を読み取れる貴重な資料である。自筆原稿には、雑誌や新聞に加藤が投稿した100本以上の文章と重なる内容も多くあるが、より具体的に踏み込んで― 89 ―― 89 ―李  ユンヒ

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