鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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から、周信よりも岑信の画技が勝ると評されるが(注7)、空間構成は表現の選択でもあり、技術の巧拙のみに起因するのかという問題はある。常信が景観を繋げるのに余白を用いたのも、明らかに狩野安信筆「太田備牧駒籠別荘八景十境画巻」(文京ふるさと歴史館蔵)という、狩野派の庭園図の先例に倣ったためであろう。周信は樹木の輪郭線を暈すなど、随所に省略的な手慣れた筆が目立つ一方で、岑信は松の葉叢の下枝や輪郭線も丁寧に描くなど硬さも目立つ。重要なのは、合作においても絵画表現の一部は統一されているが、それぞれ自らの構想で景観を展開しているように、個の表現を用いることができたのである。次に、周信と古信ともに大作が残る中国故事人物画からそれぞれの様式を追ってみたい。3.周信、古信の筆法周信様式で特徴的なのは、「東方朔・山水図」(渡辺美術館蔵)三幅対の内、「山水図」〔図4〕のように、漢画の真体画において、樹木や岩などの輪郭線を丁寧に描き、皺を墨線で中心に向かって何度も引いていく描法であろう。墨の滲みや暈しが表れない画一的な線描主体の皴法で、堅牢な山水表現を用いている〔図5〕。このような線描主体はすでに常信様式で顕著であり、その影響と思われる。常信筆「列仙図屏風」(埼玉県立歴史と民俗の博物館蔵)の濃墨の太い墨線で樹木や岩の輪郭線を描き、内側も墨線で皴や樹皮を丁寧に描いていく描法は、周信筆「琴棋書画図屏風」(個人蔵)(注8)に殆どそのまま受け継がれている。そして、周信様式では、この墨線がより存在感を増していく。周信の代表作で当初は一双屏風であったと思われる「観漁労図屏風」(渡辺美術館蔵)〔図6〕は、中国の宮殿風の建造物から頭に冠を載せた貴人が漁をみる様子が描かれる。貴人が漁民の生活を見守る画題は、為政者が鑑とすべき善政を描く帝鑑図の一種と見做されている(注9)。画面右下の最近景に土坡と樹木、その奥に漁舟とそれを眺める貴人、水流を遡ると遠山に辿りつく。画の周縁は余白に満ちているが、遠近や空間の繋がりに不明瞭な部分を残さない絵画空間は、やはり常信の構成と通じる(注10)。さて、筆法に目を写すと、近景の樹木や土坡には筆数が多く、特に樹幹には線の頭に打ち込みのある力強い墨線を幾重にも引いている〔図7〕。岩の皴法にも淡墨の墨線を何度も重ねている。このような勢いのある粗い筆法でも、周信は墨の滲みや暈しをほとんど用いず、掠れも目立たせない。墨の多彩な変化が著しい探幽様式とは異なる筆線重視の様式を周信が模索していたことが窺える。むろん、周信の作品には「寿― 106 ―― 106 ―

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