の解明には課題を残したままとなった。よって、本研究では、呉春筆「白梅図」の基底材の解明を果たすべく、「白梅図」と類似する特殊な基底材が使用された絵画作例を広く捜索し、それらとの比較や、時代性、地域性などについて検討する。1.「白梅図屛風」の概要と基底材の科学的調査まずは確認のため、「白梅図」の概要について詳述したい。屛風は、一般的な大きさの6曲1双屛風で、本紙は各縦175.5cm、横373.5cm、左右隻とも、第1扇から第6扇まで、ほぼ同寸である。両隻の各扇とも、約35cmの幅の裂を横使いし、縦方向に5枚継いで1扇としており、各扇を通して裂の継ぎ目はほぼ一致する。この屛風に貼られている裂、すなわち基底材は、全体に浅葱色が施されており、左隻の浅葱色の色調は一定しているが、右隻は、右上(第1扇・第2扇・第3扇上2枚・第4扇1枚・第5扇上1枚・第6扇上1枚)と左下(第3扇下3枚・第4扇下4枚・第5扇下4枚・第6扇下4枚)で、色調が明らかに異なり、左下の方が、やや淡黄色を帯びる。これは、おそらく、染めの工程や段階が異なる裂を用いた結果とみられ、基底材の浅葱色が塗られたのではなく、染められたものであることがわかる。なお、こうした基底材の浅葱色に関しては、帯状のムラが全体にあらわれ、所々に染まっていない糸があったことから、執筆者は以前、糸の状態で藍らしき染料で先染めしたと推定した(注3)が、より細かく観察してみると、交差した糸の下に染まっていない部分があるのを新たに確認できたため〔図2〕、布に織ってから染めた、後染めであると判明したのである。一方、本研究の中心となる基底材については、前述の通り、重要文化財の指定で「絹本墨画淡彩」とされてきたような絹ではなく、何らかの植物繊維の織物とみられる。それは、糸の所々に結び目があることからも明らかだが〔図3〕、より科学的な見地からも基底材を調査する必要性を感じ、逸翁美術館と東京文化財研究所保存科学研究センターの協力を得て、分析を試みた(注4)。非破壊による有機材料の分析に有効な手法として知られる赤外分光法(FT-IR)は、物質に赤外光を照射し、その吸収率・反射率を測定するという分析方法であるが、「白梅図」の基底材に、この赤外分光法をおこなったところ、そのスペクトル〔図4〕は、絹のスペクトル〔図5〕ではなく、むしろ植物繊維のスペクトル〔図6~8〕に近いという結果を示した。すなわち、「白梅図」の基底材は、タンパク質を含まない― 115 ―― 115 ―
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