鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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植物性の繊維で、セルロースが主成分であると推定されたのである。ただ、かかる分析によって、「白梅図」の基底材が絹ではないという点までは確認できたものの、赤外分光法を用いても植物性の繊維である麻、葛、芭蕉は、きわめて類似したスペクトル〔図6~8〕を示すため、それ以上の同定は難しい。よって、基底材のさらなる特定には、結局、高精細のデジタルカメラなどを用いた目視による観察が重要であることが、あらためて浮き彫りになったのである。では、「白梅図」の基底材〔図9〕の繊維や組織には、どのような特徴があるのだろうか。まず、織組織は平織りだが、経糸は2本ずつが寄り添った筬二ツ入で、時折、3本が寄り添った部分もある。糸は、経糸・緯糸ともに撚りがなく、緯糸は経糸よりもかなり太い。経糸があまりに細いため、一見すると両者が同じ繊維のようには見えないが、子細に観察すると、経糸は1本から2本、緯糸はその経糸の5本分から10本分の繊維を束にしたような状態であることがわかる。また、光を当てる方向によって質感が全く異なって見えることも重要で、〔図3〕も〔図9〕も同じ「白梅図」の基底材を高精細のデジタルカメラで撮影したものだが、経糸方向から光を当てると〔図9〕のように緯糸が管状に見える点に、最も大きな特徴がある。つまり、こうした特徴を念頭に、類似する基底材を使用した他の絵画作例を、広く探し出す必要があるわけである。2.葛布との比較検討そもそも、「白梅図」の基底材に、やや粗い質感の素材が用いられており、それが一般的な絹地と異なることについては、古くから認識されていたらしいが、従来、粗い紬地風の絹地として理解されてきたようだ(注5)。これに対し、奥平俊六氏は、吉田孝次郎氏の見解として、暖簾などに使用される葛布に近いのではないかとの説を紹介した(注6)。前述の通り「白梅図」の基底材が絹でないことが確実となった今、まずは葛布の可能性を検討することから始めねばなるまい。とりわけ興味深いのは、葛布を絵画の基底材として用いたとされる作例が、意外にも6点ほど確認されたことである。以下、その事例を示す。葛布は、現在では静岡県掛川市の特産品として知られているが、江戸時代からすでに同地の特産品として著名であったようだ。そのため、掛川出身の画家である村松以弘(1772~1839)の作例には、文化14年(1817)の年紀がある「董法山水図」(掛川市二の丸美術館蔵)をはじめ、「唐美人図」(常葉美術館蔵)、「山水図」(個人蔵)、「菊花小禽図」(個人蔵)の4点ほど、葛布に描いたものが知られている。また、はじめ― 116 ―― 116 ―

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