鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
133/643

で、上記に挙げたような芭蕉布とは異なる特徴をもつという点である。とりわけ、一般的な芭蕉布は、上記の芭蕉布のような強い光沢がなく、飴色でマットな質感を帯びる。それは、繊維の取り出しや仕上げの段階で灰汁炊きをするためで、上記のような撚りのない芭蕉布は、灰汁炊きをしない、生引きの芭蕉布とも呼ばれるらしい(注15)。すなわち、撚りのない緯糸を用い、布に光沢があるのは、まさしく葛布の特徴であり、それゆえに、染織の分野でも芭蕉布と葛布に、混乱が生じているようなのだ。本研究では、芭蕉布の制作工程を十分に確認できていないため、こうした染織資料として葛布と芭蕉布の明確な区別については大きな課題が残ったが、現状でわかる範囲のことをまとめておこう。まず、呉春筆「白梅図」の基底材〔図9〕については、芭蕉布であることが確実な鄭嘉訓〔図24~25〕や後藤敬臣〔図26〕の基底材との比較から、芭蕉布の可能性が高いとみなしたい。であるならば、これに類似する、胸当〔図22〕をはじめ、沖探容〔図23〕、谷文晁〔図17〕、巣見来山〔図18~19〕、中野龍田〔図20〕の基底材も、芭蕉布と想定するのが妥当だろう。一方、勝部如春斎〔図21〕の基底材については判断が難しいが、経糸が絹や木綿ではない点から、現状では芭蕉布の蓋然性が高いと考えておきたい。逆にいえば、経糸に絹や木綿を用いた交織のもの〔図10~16〕のみを、葛布とみなしたということでもある。おわりに以上、十分な考察がおこなえたとはいえないが、本研究からは、以下の点が指摘できる。第一に、呉春筆「白梅図」の基底材が、絹ではない証明を、赤外分光法によって科学的に示せたこと。第二に、「白梅図」に類似する特殊な基底材を用いた絵画作例が、意外にも15点以上存在するということ。第三に、それらの特殊な基底材は、経糸の違いから二種に大別でき、経糸に絹や木綿を用いているものは葛布、経糸に緯糸と同じ繊維を用いて緯糸が管状の繊維を束ねた状態になっているものは芭蕉布である可能性が高いと考えられること。第四に、こうした特殊な基底材の使用について、時代的には、18世紀後半から19世紀前半の時期に集中しており、地域的には、葛布は掛川や静岡周辺という地域性が見いだせるが、芭蕉布は沖縄に限らず全国的に展開していたとみられること。第五に、葛布と芭蕉布は、歴史的な資料と現状の資料とで技法や技術が異なるため、区別に混乱が生じており、今後は、絵画の基底材のみならず、より広い染織資料を含めた検討が必要となること、である。ところで、本研究で紹介した特殊な基底材を用いた絵画作例について、その基底材― 121 ―― 121 ―

元のページ  ../index.html#133

このブックを見る