鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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《聖母の七つの悲しみ》三連画セカは、ブリュッセルの「聖母の七つの悲しみ」兄弟団における芸術家と宮廷人のネットワークを利用して本作品を制作するに相応しい画家を見つけたと考えられる。パレンシア大聖堂の《聖母の七つの悲しみ》三連画〔図1〕は、今尚オリジナルの設置場所である、トラスコロを囲む障壁の西壁に設置されている〔図3〕。この場所は大聖堂の守護聖人である聖アントリンのクリプト入口の前部にあたる。また、障壁前面に設置されているため、トラスコロ内部に入ることが出来ない一般信徒も本祭壇画を目にすることが出来たと考えられる。中央のパネルにはマーテル・ドロローサと福音書記者ヨハネ、そして寄進者の肖像が描かれ〔図4〕、その周囲を聖母の悲しみの記憶が囲っている。七つの悲しみは左側下部から始まり、中央パネル上部を経て、右側下部に至る。中央パネルにおいて青の衣をまとったマーテル・ドロローサは、深い悲しみの表情を浮かべつつ、胸の前で腕を交差させている。その背後を赤い衣をまとった福音書記者ヨハネがやさしく支え、イエスへの哀悼と聖母への共感の表情を浮かべている。聖母の前には純潔の象徴である百合が、寄進者の前には「聖ヨハネの草」と呼ばれた、聖母の悲しみの象徴でもある植物(Hypericum perforatum)が生えている(注7)。福音書記者ヨハネは聖母と共に計五回登場している。概して、「聖母の七つの悲しみ図像」の焦点は聖母その人の悲しみに向けられるが、本三連画では聖母の悲しみと共に福音書記者ヨハネの共感が強調されている。これは寄進者ホアン・デ・フォンセカの守護聖人としての役割によると考えられる。彼は中央画面の聖母と福音書記者ヨハネの傍らに小さく表されているが、同時代の初期フランドル絵画において寄進者は聖なる対象と同じ大きさで描かれることが一般的であったことを考慮すると、本祭壇画には寸法によって自身を聖なる対象と区別するという寄進者の謙虚さがうかがえる。その一方で、大聖堂の第二内陣前部という聖堂内の第二心臓部というべき場所に設置されたイメージの中枢部において聖母らと空間を共有しているという点で、フォンセカの宗教的・社会的権威が示されているといえよう。図像において表されている事柄は、左翼に金字で記されたラテン語銘文において詳述されている。翼画の外側は黒く塗りつぶされているため、恐らく祭壇画は概して開かれており、以下に言及する本作の意味内容と機能に関わる情報を観者に提供していたと考えられる。― 3 ―― 3 ―

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