カレンダー等の印刷製品を受注制作していたことがわかり、版行から10余年を経て浮世絵版画の売れ行きが落ち込んでからも尚、「真美人」の図は海外での人気を保っていたものと考えられる。大首絵による美人画が多くない周延であるが、揃物としては本作と同時期に制作に取り組んでいた「時代かがみ」(明治29~同32年刊)がある。南北朝から明治までの女性風俗の変遷を描き分けた全50図の大作で、版元は松木平吉だ。同じ美人大首絵であっても、比較すると「時代かがみ」が題字やコマ絵など描き込むことによって情報を具さにしようとしているのに対し、「真美人」では文字をはじめ、人物以外の要素をできるだけ排除しようとしていることが明らかであり、両者が全く異なった目的のもとに描かれたことがわかる。滑稽堂は普遍性を重視し、海外においても広く受け入れられることを望んで「真美人」を版行したのではないだろうか。その意味では版元自身、本作を風俗写真と同義的なものととらえていたといえるのかもしれない。日本らしさを感じさせる図様でありながら匿名性が高く、鑑賞者はただひたすらに絵の表面に現れた美しさを楽しめば良いのである。結び以上の分析から周延は本作において、江戸以来の伝統を受け継ぐ歌川派絵師として、また激動の時代の目撃者として、主題、形式、技法、表現のいずれにおいても、当時の我が国における真の美というものを追究し女性像として表したものと結論づけたい。「真美人」は国内でも好評を得たが、海外においては、ちりめん本や風俗写真などと同様にエキゾチックなグラフィックとして受容されたと考えられる。浮世絵版画と写真や石版額絵との主題の近似性や表現上の接近、あるいは視覚的に得られる印象の違いなどについてはこれまでの研究でも論じられてきたが、具体的な作品の表現に関して実証的な議論がなされることは少なく、殊に浮世絵版画研究の立場から作品分析を通じて、明治期の社会構造や芸術性に踏み込む考察は不十分であった。本稿では「真美人」という一つの作品を対象とし軸を据えることで、改めて当時の社会における浮世絵版画の実態とそれを取り巻く文化状況の複雑さが浮き彫りになった。ここでは重層的コンテクストの中で浮遊する浮世絵の一面を見るに留まったが、今後の調査によって明治期における浮世絵版画の意義を解き明かし、また後世への影響についても併せて考察を進めたい。― 144 ―― 144 ―
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