鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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1-2 図像上の共通点次に、作例間に認められる図像上の共通点を確認する。先に述べたように、これらの作例はいずれも、千手の全てに持物、あるいは印をあらわす点を大きな特色とする。ただし、①、②は摩崖石刻(よって高肉彫あるいは中肉彫の彫刻)、③、④、⑤は壁画、⑥から⑪は絹本画であり、作品の媒体には幅がある。また、千手の中には、経典に説く42種類の持物や印も含まれるが、経典には見出せないものも多い。後者の組み合わせはバリエーションが豊富で、かなりの自由度を持って選択されているようである。しかし、その一方でこれらの作品は、きわめて特徴的な持物を幾つか共有している。中でも目を惹くのは、太鼓や鐃鈸〔図2〕、釣り鐘、琴〔図3〕、拍板〔図4〕といった楽器類、そして、供物を捧げるのに使われるような盤や鉢に盛られた、数々の品物である。品物には、桃や仏手果〔図5〕、瓜といった果物や野菜の他だけでなく、須弥山、盆石、珊瑚などの宝物も含まれる。こうした持物は、全ての作品に同じものが見出せる訳ではないが、それぞれの持物について、異なる複数の作例間で共通しており、結果として作例全体を通しての緩やかな図像上のつながりが見えてくる。しかし一方で、作風や、観音の面数、姿勢、装束、持物全体の組み合わせといった面では相違が見られる。千手の全てに持物や印をあらわす、または特殊な持物が一致する、といった点は共通の影響源の存在を強く示唆するが、一方で図像が完全に一致する作品もない。一体この現象は何を意味するのであろうか。この点については最後に考察することとし、次に11例を、図像上の特徴毎に分類してみたい。2.図像の傾向に基づいた11作例の分類第一部で述べたように11例の図像はきわめて特異なディテールを共有しつつ、相違点も多く、そのことが分類を困難にしている。しかし、全作例を見渡してみると幾つかの傾向が認められるため、それに基づいて次の通りに作例を分類した。2-1 中国風の画風で画かれた絹本画・並びに壁画この分類に入るのは、先に挙げた一覧のうち、③、④、⑤、⑥、⑨、⑪の作例であり、グループとしては最も大きい。これらのうち③、④、⑤、は壁画であり、⑥、⑨、⑪は絹本画である。このグループの最も大きな特色は、画風が中国風である点、持物や画面の細部に、水や降雨を強調するような表現が見られる点、そして画面の上方に、上昇する光や雲など、観音から天に向かって何らかの働きかけを行うかのような表現が見られる点である。まず画風については、⑥の台北故宮博物院像〔図1〕は先行研究で南宋の中央で12― 171 ―― 171 ―

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