鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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⑰10世紀レオンの聖書研究─920年と960年の聖書写本比較─研 究 者:共立女子大学 非常勤講師  毛 塚 実江子はじめにイベリア半島北部のレオン大聖堂に所蔵される(Cod.6)920年に制作された聖書写本、(以下『920年聖書』)を実見して得た新知見を、同じレオン地方で960年に制作された聖書写本(サン・イシドーロ参事会聖堂、Cod.2、以下『960年聖書』)と比較し考察する。とくに両聖書に共通する主題である福音書記者の図像、対観表装飾を中心に分析し、両聖書の関連性や刷新点を明らかにする。1.『920年聖書』研究の諸問題『920年聖書』は初期キリスト教聖書写本の貴重な遺例であり、歴史的な記録は18世紀に遡る(注1)。聖書研究(注2)やスペイン中世美術史においても紹介されてきた(注3)が、同聖書は挿絵が部分的にしか公開されておらず、類例も少なく、踏み込んだ図像の分析や解釈が進まなかった。同聖書の個別研究は2004年にグロリア・フェルナンデス・ソモサによる図像紹介がなされ(注4)、2011年にアナ・スアレス・ゴンサレスによる考古学的な調査(注5)が行われたのみである。2.『920年聖書』の構成縦365-370×横230-245㎜、全275葉、現状では一冊だが、元は二冊以上の分冊と想定される(注6)。旧約聖書の後半部分(注7)と新約聖書を含む一巻本聖書であり、奥付や献辞に聖母マリアと聖マルティヌスに捧げられたアルバレス修道院(注8)、制作年920年(Era d.CCCCLXVIII)(注9)、司祭ビマラVimaraと助祭ヨアンネスIoannesの名が残されている(注10)。現存する装飾は、巻頭に全ページ大の挿絵、すなわち「オビエドの十字架」(f.1v)、「ラベリント」(f.2)、「風の薔薇」(f.3)、装飾文様ページ(f.3v)が、巻末(f.275v)には未完の献辞のページがある。本文には大小のイニシャル装飾があり、挿絵は新約聖書の冒頭の対観表(ff.149-155v)(注11)、各福音書の直前に「キリスト伝」(f.201v)(注12)、その後、福音書記者像がマタイ(f.202)、マルコ(f.209)、ルカ(f.211)、ヨハネ(f.214)と配される。これに対し、『960年聖書』は巻頭挿絵群と92点の旧約聖書の挿絵が残るが、新約聖書の装飾は、福音書記者像の対観表(ff.396v-404v)とパウロ書簡欄外の人物像のみである。― 182 ―― 182 ―

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