鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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⑱高橋由一旧蔵《負翼童子図》について研 究 者:神奈川県立近代美術館 企画課長  長 門 佐 季はじめに平成29年(2017)、約40年ぶりにある作品の所在が明らかになった。裏面の木枠下辺に「明治六年三月伊國公使サンドルフヱ寄贈/天繪樓珍蔵」、右辺下方に「由一識」と墨書きのある「負翼童子」を描いた油彩画〔図1〕である。『高橋由一履歴』(以下、『履歴』と略す)の中で「コントへー氏」と記されているアレッサンドロ・フェー・ドスティアーニ伯爵(Conte Alessandro Fè dʼOstiani, 1825-1905)(以下、フェー伯爵と記す)から明治6年(1873)に高橋由一(1828-1894)に贈られたとされる。画面の中央に弓矢を手にした翼のある童子すなわちキューピッドが石柱に寄り添って立つように描かれている。本作品は長く私蔵されており、昭和53年(1978)に青木茂氏、歌田眞介氏による実見調査(注1)が行われて以降、公にされることはなく、これまでに光学調査が実施された記録は確認されていない。日本に舶載されてからすでに150年ほどが経過している本作品だが、当時から画面に傷みが見られたようで、『履歴』には高橋由一がフェー伯爵からその修復を依頼されたが技術的に不可能だとして断った旨が記されている。このことは、すでに高橋由一が絵画修復に対する意識を持っていたことを示し、さらに明治19年(1886)と明治22年(1889)に高橋由一が願い出た御物油絵の修復と保存につながるものとも考えられて興味深い。いずれにしても、高橋由一が当時眼にすることのできた数少ない西洋人の手による油絵であったことはたしかである。しかも、これだけの大きさを持った油絵作品は当時日本には存在しなかった。そうした意味でも、本作品は日本洋画にとって貴重なものであるに違いなく、また同時に絵画修復の歴史という観点からも重要な資料であると考え、今回、所蔵者の了解を得て、調査研究を行うこととした。本研究は、修復作業を介しながらの光学調査や材料分析といった保存科学の分野と文献資料の調査を中心とする人文科学の分野の両面からのアプローチを特色とする。まずは、(有)修復研究所21の渡邉郁夫所長と宮田順一氏の協力を得て、光学調査として正常光撮影、紫外線蛍光写真、赤外線反射写真、X線写真の撮影および破損箇所周辺から採取した微小な絵具片を顔料分析し、並行して共同研究者である伊藤由美氏が修復作業を行った。作品データ:作者:不詳― 190 ―― 190 ―

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