鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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修復の施工と所見縁張りの除去:木枠側面の縁張り上には画面からはみ出した加筆の絵具とワニスが塗布されている箇所があり、表層のワニスと加筆は、縁張り紙の種類から明治以降のものであることがわかる。縁張りを除去すると、支持体は鍛冶釘で固定されており、それらの間にはオリジナルの固定釘の跡と思われる釘穴も観察される〔図15、16〕。鍛冶釘は幕末、明治期の油彩画作品の木枠張り込みにしばしば見られる。木枠左右側面に見られる支持体である麻布の両端は機織り時の耳となっており、白色の地塗層の塗布も見られる。これらのことから、本作品は当初より現在の幅寸法であったことがわかる。上層のワニス除去:上層のワニスは明治以降に塗布されたものと思われ比較的簡単に除去できた。加筆の除去:絵具の耐溶剤テストを行った後、加筆部分を除去した。背景部分の上層の加筆絵具は、明治以降のものと思われ、溶剤で軟化しやすい。かなりの厚みを呈しており、粗雑に塗布されている。部分によっては絵具層をフィルム状に剥がすように除去できるほどであり、下層からオリジナルの絵具層が現れた〔図13〕。充塡箇所の加筆を除去し充塡剤を観察すると固着が悪く、すでに浮き上がった箇所が複数見られた。剥離させると、下層からオリジナルと思われる白色の薄い地塗層が特に右辺に観察された。背景部の大きな充填剤を除去すると、下層からは白色地塗と、さらに下層に褐色地が麻布に施されたと思われる状態が同時に観察される箇所もあった〔図14〕。X線写真により、下層に全く図柄の違う他の絵〔図4〕が描かれていることが観察されているので、それらの各作品制作時にそれぞれの地塗として塗布された層が存在する可能性はあるが、作品別の絵具層の特定や位置関係は現時点では不明である。画面向かって右側の腕にかけられた布と思われる箇所は、褐色の加筆除去後、青色が塗布されているのがわかった。宮田氏の試料片分析調査においても、アズライトが観察されている。また、下方の地面にあたる箇所からは、右の石柱の台座脇に草が、また左辺近くには花が現れた〔図17、18〕。さらに背景左下に、矢筒の形がはっきりと確認できる〔図12〕。「負翼童子」の肌部分は、一部旧ワニスの軽減を行った。オリジナルの肌の色に近づけることはできるが、旧修復時の洗浄過多でオリジナルの表層のニュアンスが失われている箇所や、除去し難い加筆の変色などがあり、完全にオリジナルの状態に戻すことは難しいと思われる〔図9〕。全面におよぶ多数の修復の痕跡は、本作品がフェー伯爵から高橋由一の手に渡って以降、長年の間に複数の人物の手により、様々な処置が行われたことを物語っている。― 192 ―― 192 ―

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