鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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《負翼童子図》に関する言及と考察総じて酸化鉄系顔料やケイ酸塩化合物を主成分とする褐色、顔料名称ではオーカー、シェンナが多く使用されている。アイボリーブラックなどを混ぜて濃褐色を呈する部分もあるが、鉛白や炭酸カルシウムも混ぜられている。黄化の進行したような濃い褐色を呈する油脂分の多い層も存在して、その上にも旧修復時の補彩あるいは加筆の痕跡も観察できる。特に試料片Aではカドミウムイエローやネイプルスイエローも含み、使用顔料は多い。試料片Eでは濃い褐色の上にアズライトが塗布されていた。当初の画面観察では暗い褐色の部位であったが、実際には布の青い部分が形成されている。アズライトは鉱物名で油彩画顔料として検出確認される例は珍しい。日本画顔料では岩群青と呼ばれることが多く、鉱物に由来する代表的な青色顔料として知られている。この作品では下層に「聖母子像」のような画像が描かれている。X線写真で確認された画像である。これを構成するような絵具層が確認できるかどうか、あるいはこの下層の絵具層は一度塗り消されて現在の「負翼童子」が描かれたのか、なども試料片調査の課題の一つである。試料片Bで主に確認できた鉛丹は鉛を主成分とする橙色顔料である。これが下層にある画像の使用顔料の一つと推定している。この橙色顔料は試料片D、下層の褐色層にも存在する。比較的淡い褐色層は「聖母子像」を描いた絵具層の可能性もある。白色顔料では鉛白、炭酸鉛、炭酸カルシウム、一般的な顔料が確認された。この中で、鉛白と炭酸鉛は合わせて確認、検出例は多い。この作品では部分的には炭酸鉛が主たる場合、鉛白が主たる場合と比較的不均一な検出もある。一つの作品では珍しい例である。鉛白は通常は2PbCO3・Pb(OH)2の化学式で表され、塩基性炭酸鉛を指すが、単なる炭酸鉛でPbCO3の化学式で表される化合物の場合もある。旧修復時のものか、オリジナルであるかなど、これも検討課題の一つである。なお試料片の最上層には、透明なニス層が存在する、厚みは薄く、近年塗布されたものと思う。(宮田順一)次に文献資料からのアプローチであるが、本作品に関して『履歴』には以下の記述がある。「伊太利亜全権公使コントへー氏日本駐在中 同国ホンタ子ジー画伯工部美術学校へ聘セラレタルニヨリ 由一幸ニ該公使ニ因ミアルヨリ コントヘー氏ノ紹介ヲ得テ屢ホンタネジー氏ノ画室ヲ訪ヒ 揮写ヲ傍観シ画説ヲモ聞キ厚ク交リヲ結― 194 ―― 194 ―

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