れている。この色暈の使用が妙智院本の彩色技法の特徴といえる。細い墨線で輪郭を描き、その内側には肌色を塗るが、丸みを表現するために輪郭に沿って濃い肌色の色暈がみられる。この表現は、頭部のみならず、あごや頬、喉にも同様の表現がみられる。また、ほのかに薄墨でひげのそり跡が確認できる。さらに目を凝らすと、顎の輪郭線や喉の皺の内側にほのかな朱暈が確認できる。黄梅院本の頭部では、丸みを表現する色暈の使用はみとめられず、輪郭線の内側を塗り込めているだけで平板な印象をうける。慈済院本の頭頂部には赤暈がみえるが、肌色の色暈はない。その代わり、額にうっすらと赤いぼかしが入れられている。これは妙智院本には見られない表現である。耳の少し上には薄墨の無数の点があり、髪の毛のそり跡の表現とみられる。黄梅院本では白と黒の点で表現されている。髪の毛のそり跡を点描で表現するのは妙智院本にはみられない表現であるが、一部の作例間ではこのような表現が共有されていたことがわかる。次に目の周辺の表現をみたい。細い薄墨の線で輪郭を引き重ねつつ、上まぶたには濃い墨線を用い、外に向かってまつげが平行に引かれ、上まぶたよりもやや控えめに下瞼にもまつげが引かれている。眼球は丸みを表現するように目頭に墨で淡いぼかしをいれ、下瞼の外側には朱線がみえる。瞳はやや濃い薄墨で輪郭をとり、中を薄墨で充填し、瞳孔を濃い墨で点じている。目の上下には老いた夢窓の顔に刻まれたしわを描く。この皺の位置は黄梅院と近く、紙形で管理されている情報であると考えられる。皺の下に朱線が引かれている。また、鼻筋の際にもほのかな朱の暈が施され、顔面の凹凸を表現しようとしている。この暈かしは他本には確認できない。黄梅院本では、朱暈はわずかに確認できるが、妙智院本が上まぶたに薄墨と濃い墨の使い分けがあったのに対して、黄梅院本では確認できない。他本と比較すると妙智院本の表現の豊かさがよくわかる。米倉氏が妙智院本と伝源頼朝像に共通するイデオムとして指摘された表現(注9)である眉毛の毛の流れの2つのブロックに分けて描く表現は、黄梅院本では確認できない。また、まつげを水平方向に描くという特徴も妙智院本にのみみられる特徴である。比較がしやすいように妙智院本を左右反転してみると、目の大きさが少し異なることがわかる。しかし、向かって左の目頭から瞳にかけて引かれる直線的なラインは両者に共通しており、紙形の規範によって表現の骨格が支えられていることがよくわかる。また、皺や眉の表現にも朱線を伴うものと墨線だけの箇所に分かれていることが指摘できる。鼻梁にそって施されるほのかな暈が妙智院本に控えめな奥行きを与えている。鼻梁、小鼻など凹凸の度合いが大きい線のみ朱線を伴う。鼻孔は米倉氏が指摘されるように薄い墨を重ねて作り、一段階濃い墨― 248 ―― 248 ―
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