鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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るのは6番〔図6-1〕で、眉をひそめ、口をへの字に固く結んで、瞋怒の相を示す。一方、与楽寺像のそれは目を大きく見開いて忿怒する天部像に通じる顔立ちである。瞋怒相は、与楽寺像のような眼を見開くタイプと、薬師寺像のような眉をひそめるタイプに分かれる。薬師寺像と同じタイプに分類できる作例として、法隆寺九面観音像や山口・神福寺像、聖林寺像などが挙げられる。つぎに右廂3面(8~10番)のうち10番〔図7〕は、口元に上向きの牙をわずかに残すが、瞋怒相なのか菩薩相なのかは不明瞭である。6番の瞋怒面以外は、表情を明瞭にうかがうことが難しいため、頭飾を手掛かりとして頭上面の面相を比定してみたい。薬師寺像の頭上面には、2種類の頭飾の意匠(A・B)が使用されており、頭上面の6・7・10番では頭飾A、3・4番にでは頭飾Bを戴く。頭飾A〔図6-2〕は、正面に化仏をおく空間をあけ、左右に花弁形の飾りをつける。花弁は3重に内区をあらわし、外縁には上部にパルメット形、左右に蕨手状の飾りをつける。一方の頭飾B〔図8〕は、正面に化仏をつけ、左右に翼状の飾りをあらわす。頭上面に頭飾をつける作例は珍しくなくないが、2種類の意匠を使用する例は稀である。管見の限りでは、中国・河南博物院石造十一面観音像(大海寺址出土、唐・9世紀)〔図9〕のみで、頭上面は2ないし3種類の頭飾をつける。河南博物院像においても頂上面が仏身をともなうこと、そして長い頭髪を肩にかける点などが薬師寺像と共通する点は見逃せない。薬師寺像にみる頭上面の頭飾の意味を考えるにあたり、十一面観音の造像に関わる経典の内容を確認する。①北周・天和5年(570)頃耶舎崛多訳『仏説十一面観世音神呪経』(大正蔵経二十巻 No.1070)「作十一頭、當前三面菩薩面、左廂三面作瞋面、右廂三面似菩薩面狗牙上出、後有一面作大笑面、頂上一面作仏面、面悉向前後著光、其十一面各戴花冠、其花冠中各有阿弥陀仏」②唐・顕慶元年(656)玄奘訳『十一面神呪心経』(大正蔵経二十巻 No.1071)「其像作十一面、當前三面作慈悲相、左辺三面作瞋怒相、右辺三面作白牙上出相、當後一面作暴悪大笑相、頂上一面作仏面像、諸頭冠中皆作仏身」― 261 ―― 261 ―

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