鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
274/643

注⑴①藤岡穣「様式からみた新薬師寺薬師如来像」『様式論─スタイルとモードの分析』(仏教美術①では、頭上面はすべて花冠を戴くと記されるが、花冠の形状等についての具体的な言及はない。また、右廂3面の狗牙上出面は、正面の三面と同じ菩薩面につくると規定される。この規定に則った作例として与楽寺像が挙げられる。①に述べられる穏やかな菩薩の相で牙を出す狗牙上出面は、与楽寺像のほか、聖林寺像や美江寺像などにみられる。つづいて、②では花冠ではなく頭冠とする。ここでもやはり頭飾の意匠についての具体的な言及はなされない。頭上面についても、①と同じ内容が記載される。ただし、頂上面は仏面ではなく仏面像とすること、そして、右廂の牙上出面について菩薩相とする規定がみられないことが注目される。この造像法に則る作例には、法華寺像が挙げられる。法華寺像の牙上出面は、左廂の瞋怒相にも似た目を見開いた表情をみせる。法華寺像のほか、牙上出面が瞋怒相の十一面観音は、道明寺像(試みの観音)などが挙げられる。右廂の牙上出面を菩薩相と規定しない②から考えて、薬師寺像にみる頭飾の意匠の作り分けは、菩薩相と瞋怒相とで使い分けていると想像される。上半身をあらわす頂上仏面と関係があるとされる②では「右辺三面作白牙上出相」としており、右廂3面の牙上出面を菩薩相と規定していないこと、同じく頂上仏面に上半身をあらわす法華寺像が左側の瞋怒面と右側の牙上出面とも瞋怒相をあらわしていることから、本像の右廂3面も元は牙上出面を瞋怒相であらわしていたと考えられる。また、牙上出面を菩薩相であらわす例は、東京国立博物館像(多武峰伝来)や法隆寺九面観音像、神福寺像、与楽寺像など8世紀以前の作例にみられるのに対し、牙上出面を瞋怒相とする作例は8世紀後半の道明寺像(試みの観音)にもみられるが、法華寺像などむしろ平安時代に一般化する。また、頂上面に上半身をともなう如来相を採用する作例が平安時代初期に一般化することも、これに関連して注目される。まとめ以上、薬師寺像についての形式及び表現を中心に検討を行った。その結果、薬師寺像の頭上面は8世紀末~9世紀の特徴を示していた。その他の胸飾や衣文、肉身表現などでは8世紀後半と9世紀の特徴の両方がみられる。薬師寺像に平安時代初期の先駆となる特徴が集中してあらわれたという可能性も全くないわけではないが、薬師寺像が造立されたのが8世紀末以降、平安時代初期とするほうが自然であると考える。― 262 ―― 262 ―

元のページ  ../index.html#274

このブックを見る