鹿島美術研究 年報第36号別冊(2019)
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第二に、螺旋状の植物文様とその間を充填する斜線は、1600年前後に制作された真鍮製品に特徴的な、銘文や動物像の背景部分の処理方法である(注13)ためである。例えば、ヒジュラ暦999/1590-91年の紀年銘を有するエルミタージュ美術館所蔵の真鍮製深鉢(所蔵番号:IR-2260)〔図12-a〕の胴部の紡錘形の枠の内側〔図12-b〕や、同時期の作と比定されるメトロポリタン美術館所蔵の真鍮製トーチ・スタンド(所蔵番号:91.1.573)〔図13-a〕の紡錘形の枠の内側〔図13-b〕などが、これに該当する。最後に、そして最も重要なことに、《ドーハ燭台》に共通する装飾モチーフを有しており、かつ、イマーム・ムーサー・カーズィム廟に寄進されたという内容の銘文を有する真鍮製燭台の存在が知られているためである〔図14-a〕。問題とされる真鍮製燭台は、遅くとも1999年までにはロンドンで古美術商を営むMr. Yanni Petsopoulosの所蔵となり(注14)、2009年2月19日から6月14日にかけて開催された大英博物館の「シャー・アッバース」展に出陳された(注15)後、2010年4月14日にサザビーズ・ロンドンの「イスラーム世界の美術」オークションで競売にかけられた(注16)(以下、《サザビーズ燭台》と呼ぶ)。現在の所蔵者は不明である。2010年の時点では、ほぼ完品に近い形で残存しており、高さ37.5cm、直径(底部)30.5cmと、《ドーハ燭台》よりも一回り大きい。《サザビーズ燭台》の銘文は、言語としては、アラビア語の文法・語彙を含むペルシア語が用いられており(注17)、宗教的寄進銘文のみによって構成されている。この宗教的寄進銘文が施された位置と書体に着目すると、燭台の表側の首と胴部との接合面とほぼ垂直になるように面取りされた部分に、螺旋状の植物文を背景にナスタアリーク体の文字が凸状に浮き出るような形で丁寧に線刻されていることがわかる〔図14-b〕。このことから《サザビーズ燭台》は、銘文を当該部分に入れることを前提として制作された可能性が高く、制作時期と寄進時期との間に開きはほぼないものと推測される。銘文の内容は以下の通りである。vaqf-i Āstān-i malāik-āshiyān-i imam al-jinn wa al-ins-i Imām Mūsā Kāim alawāt Allah alayhi namūd kalb-i ān Āstān Khizr ibn Bābā Chūlakī Nihāvandī vazīr-i Kāshān sana-i sab wa alfこの敷居の犬 kalb-i ān Āstān (注18)でありカーシャーンの宰相(=ワズィール) vazīr-i Kāshān であるヒズル・イブン・バーバー・チューラキー・ニハーヴァンディーが、精霊と人のイマームたるイマーム・ムーサー・カーズィム─神ノ祝福ガ彼ノ上ニアリマスヨウニ─の、天使たちの棲家たる敷居への寄進を行なった。― 16 ―― 16 ―

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